あかつき)” の例文
旧字:
春眠あかつきを覚えず、所々に啼鳥を聞く——朝寝をするに一番いい時。七時すぎ八時近くなっても武蔵は起出て来ない。亭主太郎左衛門
巌流島 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
このごろ、毎日のごとく夜半やはんからあかつきにかけて空襲警報が鳴る。しかし多くは、空襲警報だけに終って、敵機の投弾とうだんは、ほとんどなかった。
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あかつきに及び、何者とも知れず氷りたる雪の上を歩む音あり。新左衛門小屋の中より之をうかがふに、たけ一丈余りの男髪は垂れて眼を蔽へり。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
生まれ変わったような恋のやっこの役に満足して、風流男らしくよいあかつきに新夫人の六条院へ出入りする様子をおもしろく人々は見ていた。
源氏物語:31 真木柱 (新字新仮名) / 紫式部(著)
それですから、ほしあかつきとともにかくれてしまうまえ大急おおいそぎできて、そらかがやいている、さびしいあね姿すがた見上みあげることもありました。
王さまの感心された話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
刻々高まって行く異常な昂奮こうふんを抑えて、窓からあかつきの光の忍び込むのを見た時は、全く腹の底から救われるような心持になりました。
人間の眼は、肉体の為めに蔽われて、是非善悪を審判する力にとぼしい。霊肉が分離したあかつきに、この欠陥は初めて大いに除かれる。
あんなにも探し廻って、発見出来なかった賊が、あかつきの光の中では、たった一目で、馬鹿馬鹿しい程造作ぞうさなく、見つかってしまったのだ。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
もし主人のような人間が教師として存在しなくなったあかつきには彼等生徒はこの問題を研究するために図書館もしくは博物館へ馳けつけて
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
程なく彼誰時かわたれときの薄明りが、忍びやかに部屋の窓から這入はいって来た。このあかつきの近づいて来るかすかなしるしが、女のためにはひどくうれしかった。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
あかつきの四時か五時頃だったろう、障子の外がほんのりしらみ初めたと思ったら、どこかうしろの山の方で、不意にと声ほととぎすがいた。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
たとえば恩を知る動物いきものが人の手から放たれでもしたようである。やがて振り返り振り返り、あかつきまだき史家村から元の少華山へ立ち去った。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あまとぶかり小夜さよの枕におとづるるを聞けば、都にや行くらんとなつかしく、あかつきの千鳥の洲崎すさきにさわぐも、心をくだくたねとなる。
今から思えばうそのようですが、その当時の従軍記者としては、戦地へ渡ったあかつきに軍隊がどの程度まで保護してくれるか判らない。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「いつもあかつきよりなきいでゝ夕ぐれまでは御軒おんのきのものなるを、いかにしてさは聞き給ひけん、物ぐるほしくもおはしますかな」
すゞろごと (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ここに於て当選のあかつきには、議員の位地を利用して、一方に失いしところを他方に補わんとする野心が勃然と頭をもたげて来る。
選挙人に与う (新字新仮名) / 大隈重信(著)
あかつきの夢にその面影を見かけたといったとしても、誰がそれを過度の空想をたくましうしたものといってむげに非難し得るであろう。
そのとき、白鳥が頭を上げました。きらきら光る水が、青い火のように白鳥の胸や背を洗って飛び散りました。あかつきの光が赤い雲を照らしました。
今朝方、あかつきかけて、津々しんしんと降り積った雪の上を忍び寄り、狐は竹垣の下のを掘って潜込くぐりこんだものと見え、雪と砂とを前足で掻乱かきみだした狼藉ろうぜきの有様。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
格之助も寺でよひあかつきとにあたゝかかゆ振舞ふるまはれてからは、霊薬れいやくを服したやうに元気を恢復して、もう遅れるやうな事はない。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
(これにもかぎらずさま/″\の術あり)雁のる処をふるは夕暮ゆふぐれ夜半やはんあかつき也、人此時をまちて種々いろ/\たくみつくしてとらふ。
青天白日の身になったあかつき、きっと恩返しをするからという意味の依頼もあった。弁護士を頼むについて、金が欲しいというようなことも言って来た。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それから、戸外そと絞殺しめころして、屍体の首を綱にかけ、その後あかつき近くになって母を刺し殺した——と。なお、都合のよいことに、喜惣は白痴なんですわ。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
細雨にける一夜を乱戟に明かし、ようやくあかつきにおよばんとしたとき、まぼろしのごとく現われて、自分等のみならず栄三郎とも刃を合わせたのち
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
経営しつくしたあかつきにはいかに成り行くことか、おそらく今日よりさらに劇烈な競争を避けることはできぬであろう。
人類の生存競争 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
春とはいえどもあかつきは寒い、奥歯をかみしめかみしめチビ公は豆腐とうふをおけに移して家をでなければならないのである。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
しかるに医学博士いがくはかせにして、外科げか専門家せんもんかなるかれちちは、断乎だんことしてかれ志望しぼうこばみ、もしかれにして司祭しさいとなったあかつきは、とはみとめぬとまで云張いいはった。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
意外の出来事に時を費し、土岐蔵人頼春ときくらんどよりはるが、小次郎を連れて日野別館から、三条堀川の自分の宿所へ、帰りの足を運んだのは、あかつきに間近い頃であった。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
……そのキチガイ先生の騒ぎが、マンマと首尾よく成功したあかつきには、先生のお望み通りに精神科学が、この地上に於ける最高の学問となって来るのです。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
玄「成程因縁はあるまいが、龜甲屋の御夫婦が歿なくなったあかつきは、昔馴染の此方こなたすがるより外に仕方がないによって」
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
なんぞと言うとすぐ衝突して議論をしたり、大晦日の夜を感激してあかつきの三時まで町中や公園を話し歩いたりした三年前にくらべると、こうも変わるものかと思われた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
私はこの氷を頂きていささかの眠りを求めさふらひき。またのあかつきより波風なみかぜややぎしを覚え申しさふらふ
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
あかつきかけて暴風雨はゆるんだ、夜あけのなかを堂々と進軍してゆく第一陣、つづいて第二陣、旗差物は万羽の海鳥のごとく、平原を圧してひるがえりひるがえりおしてゆく。
伝四郎兄妹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
寝ようか、このままに老僧の真似をしてあかつきに達してしまおうかと、何かあろうといってくれた押入らしいものを見ながらちょっと考えたが、気がついて時計を出して見た。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
なんとなれば絶対的満足は理想がことごとく充実されたあかつきにおいて始めて達せられるのである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
受賞者はやがて成功のあかつき、デパートに調法な筆持ちとして雇用される以上の何者でもない。
そして、僧都の宿所まで負われて来たときはもうあかつき近くで、男はへたへたになっていた。
大力物語 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
あかつきの夢のいまだめやらぬほどなりければ、何事ぞと半ばはうつつの中に問いかえせしに、女のお客さんがありますという。なんという方ぞと重ねて問えば富井さんと仰有おっしゃいますと答う。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
はたして戸外そとはまだ真暗で、処どころ雨雲の切れた空に、あかつきの星が物凄ものすごく光っていた。
指環 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
もつとみちのないところ辿たどるのではなかつた。背後うしろに、覚果さめはてぬあかつきゆめまぼろしのこつたやうに、そびへた天守てんしゆ真表まおもて差懸さしかゝつたのは大手道おほてみちで、垂々下だら/\おりの右左みぎひだりは、なかうもれたほりである。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
貴下が、他日、貴下の人格を完成なさったあかつきには、かならずお逢いしたいと思いますが、それまでは、文通のみにて、かんにんして下さいませ。本当に、このたびは、おどろきました。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
この人が、おかみをしくじったあかつきには、三斎の、いまの勢力は地を払うであろう——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
散りこすなゆめと言ひつゝ、幾許こゝだくるものを、うたてきやしこほとゝぎす、あかつき心悲うらかなしきに、追へど追へど尚ほし鳴きて、いたづらに地に散らせれば、すべをなみぢて手折たをりて、見ませ吾姉子あぎもこ
浮標 (新字旧仮名) / 三好十郎(著)
あかつきまへの水の面は磨きたての銅鏡のやうにこつくりよどんで照度に厚味があつた。
夏の夜の夢 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
けれどもあかつきに寺の鐘が鳴ると何かつつましい顔をするときもあつた。若者と娘が居なくなつてからは、土曜から日曜にかけて洗濯をするので寺まゐりの暇が無いといふやうなこともいつた。
日本媼 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
即ちよいあかつきとの場合が多い。なお筆のついでであるからちょっとここでいって置きたいのは、日永ひながが春で、短夜が夏で、夜長よながが秋で、短日みじかびが冬であるのは、理窟からいったら合わぬ話になる。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
あいつが僕に惚れている事がわかりゃ、あいつがいやになると云う事は、僕は百も承知しているんだ。そうしてあいつが嫌になったあかつきにゃ、余計世の中が退屈になると云う事も知っているんだ。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そうなったあかつき一人ひとりでこの庭をこうして見守ったらどんなに悲しいだろう。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
蝶番ちょうつがいのびかけた網扉を押し階段を降りると、おびただしい朝露である。ふり仰ぐと密林の枝さしかわこずえのあわいに空はほのぼのと明けかかり、あかつきの星が一つ二つ白っぽく光を失い始めていた。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
そのあかつきの大鳥神社の鳥居の大きかつたことは、まるで人間世界を超越したもののやうに九歳こゝのつの私には思はれたのです。帰りには上までもつとよく眺めませうと通つてしまつたあとでは思つて居ました。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)