布施ふせ)” の例文
下総の国安孫子から南東一里ばかりの利根川に沿った布施ふせは、その対岸が常陸の国戸頭とがしらである、その渡しを七里の渡しと称えている。
一本刀土俵入 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
紫野においてり行われるという故信長の葬儀と十七日の大法事は、どれほど貧しい者たちに、事前の布施ふせとなったかしれなかった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
僧都そうずはこうした報告を受けて、不思議に思いながらもうれしかった。尼君の法事の北山の寺であった時も源氏は厚く布施ふせを贈った。
源氏物語:07 紅葉賀 (新字新仮名) / 紫式部(著)
で、昼御膳を其家そこで済まし布施ふせには金と法衣を一枚貰いました。其衣それは羊毛でこしらえた赤い立派な物で、買うと三十五円位するそうです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
いかにも殊勝な申し分であるので、諸人はいよいよ仏陀の示現と信じるようになって、檀家の布施ふせ寄進きしんが日ましに多くなった。
四つの方便とは、布施ふせと愛語と利行りぎょうと同事ということです。布施とは、ほどこしで、一切の功徳くどくを惜しみなく与えて、他人を救うことです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
仙台せんだいへ引き返してから、わたしは布施ふせさんの家の人たちとも別れて、名掛町なかけちょうというところにあった宿のほうへ移りました。
力餅 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
関東では東上総ひがしかずさ布施ふせという村の道の傍にも、幾抱えもある老木の杉が二本あって、その地を二本杉と呼んでおりました。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
布施ふせには、今まで形見にと思って大切に持っていた先帝の直衣を、他に適当な物がなかったので、泣くなく取り出されて、上人に渡されたのである。
『でも、戴く五十銭銀貨には皆御飯粒の固りがついているわ。お布施ふせをちょろまかして剥がして来たんでしょう?』
合縁奇縁 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そうすれば、けがれる、けがれぬの心配もありませぬ。ただ渇いた人間に、同情ある人間が水を与える。——これこそ本当の布施ふせの道にかなった行で御座いましょう。
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
併し代々だい/″\学者で法談はふだん上手じやうず和上わじやうが来て住職に成り、とし何度なんどか諸国を巡回して、法談でめた布施ふせを持帰つては、其れで生活くらしを立て、御堂みだう庫裡くりの普請をもる。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
あの頃私は、お布施ふせで暮して居た、頼りない尼法師だったんですもの、どんな下心があったにしても、寄進報捨を惜しまない檀家に、無愛想な顔も見せられません。
長くとどこおっていたお寺のお布施ふせも済ます事ができまして、なみだを流して喜んだのであります。
燕と王子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
他人ひとも我もおなじく、衣食が足らなければならぬを悟らし、生きることを示された、短文ではあるが意味深い書簡で、布施ふせとか、慈善とかいふことの本義が、ウンと一聲
「死んじめえばそれでおしめえだよ、おらがいってもしょあんめえ、じゃあ、まあお布施ふせでもたんまり持って来るだね、お釈迦しゃかさまのほうへはおらがよろしく云っとくだから」
百足ちがい (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
或は奥へ請ぜられて加持祈祷かじきとうをし、日々僅かな布施ふせを得て糊口ここうしのいでいたらしかったが、どうかすると、こんな工合にたった一人で河原や橋のあたりへ来てうろついていたり
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
布施ふせきてわれあざむかずただ率行ゐゆきて天路あまぢらしめ 〔巻五・九〇六〕 山上憶良
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
先刻さつきから、人々ひと/″\布施ふせするのと、……ものやはらかな、おきなかほの、眞白まつしろひげなかに、うれしさうなくちびる艷々つや/\あかいのを、じつながめて、……やつこつゝんでくれた風呂敷ふろしきを、うへゑたまゝ
松の葉 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
色界しきかい、無色界の二つの世界には、その怒りというものが無く、ただ欲界散乱のところにのみ、その怒りがあるのだそうでございます……千劫の間、積みたくわえた布施ふせも、供養くようも、善行も
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
立派に布施ふせも置いて帰ろう、しかし、正面から僧の前へ出しては、た何とか難癖なんくせをつけて押し返されないとも限らないので、布施は今の内に出して置いて、僧が帰り次第に帰ろうと思った。
竈の中の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
で、その紳士は多くの布施ふせを置いてそして帰つて行つた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
「いかにも、おことらのいうとおりな事実はある。しかし、それは貧燈の一僧をあわれむお方の布施ふせであるほかに何ものでもない」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
信者の布施ふせもあればまた政府からくれる金もある。一遍いっぺんに一タンガー即ち二十四銭あるいは四十八銭ないし七十二銭くれる事もあって一定して居らぬ。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
その時、大学生の青木が、布施ふせという友達と一緒に、この茶店へ入って来た。「やあ」という声は双方から一緒に出た。相川の周囲まわり遽然にわかににぎやかに成った。
並木 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「よく気がついた。当分お詣りもできまいから、おふくろの墓へ行って、よくその訳をいって拝んで来るがいい」と、親方は幾らかの布施ふせを包んでくれた。
心中浪華の春雨 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
布施ふせといっても、何もないので、昔からねんごろにしている侍の許に預けて置いたすずりを取りよせた。
だから観音さまのことを、「無畏を施すもの」、すなわち「施無畏」というのです。いったい「施す」ということは、さきほど申し述べました、あの「布施ふせ」です。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
もう、ご新造さんは話すのを諦めたらしく布施ふせものゝ追加に鼻紙を一帖持って来て、「女は紙を断やしたら不自由だから」とわたくしのしなびた袖へ入れて呉れました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
おといみ饗宴きょうえんのこと、その際の音楽者、舞い人の選定などは源氏の引き受けていることで、付帯して行なわれる仏事の日の経巻や仏像の製作、法事の僧たちへ出す布施ふせの衣服類
源氏物語:21 乙女 (新字新仮名) / 紫式部(著)
住職の徹心和尚は七十幾歳かになるが、安宅の差出した布施ふせの包みをすぐにひらき、中の金額をしらべ、気にいったようすで頷きながら、さっきの若者は弓をやっておるな、と云った。
滝口 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
かすり衣服きものの、あの弟御おとうとごが、廂帽子ひさしばうしよこツちよに、土間どま駈足かけあしで、母樣おつかさん使つかひて、伸上のびあがるやうにして布施ふせするから、大柄おほがら老道者らうだうじやは、こしげて、つゑつたたなそこけて、やつこ兩方りやうはう
松の葉 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
許宣も本堂の前で香をくゆらし、紙馬しば紙銭しせんを焼き、赤い蝋燭に灯をともしなどして、両親の冥福を祈った。そして、寺の本堂へ往き、客堂へあがってときい、寺への布施ふせもすんだので山をおりた。
雷峯塔物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
近所の坊さんという坊さんはみんな集まり、神主様という神主様もみんな集まって、読経と、祈祷とに、最も念を入れ、かなり多大なりと覚しいお布施ふせ供物くもつとを持って、大満足で引下りました。
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
布施ふせ五明、篠井村しののいむらをこえて、ここ雨宮の渡しを前に、夜のうちに移行して、今朝見れば、中軍一団をまん中にして、十二軍団を五行にひら
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何よりもまず松島を見せたいと布施ふせさんが言いまして、学校のお休みの日にわたしを案内してくれました。
力餅 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
随分妙な事が沢山ある。夜が明けて僧侶そうりょが外へ出て来る時分には信者が布施ふせをするといって「ゲ」を出します。一タンガーずつ出すこともあれば半タンガーずつくれることもある。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
六度とは六波羅蜜はらみつのことで、布施ふせ(ほどこし)と持戒じかい(いましめ)と忍辱にんにく(しのび)と精進しょうじん(はげみ)と禅定ぜんじょう(おちつき)と般若はんにゃ(ちえ)でありますが、まえの五つは正しい実践であり
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
それに付帯した法会ほうえ布施ふせにお出しになる法服の仕度したくをおさせになり、すべて精進でされる御宴会の用意であるから普通のことと変わって、苦心の払われることを今からお指図さしずになっていた。
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
善知識ぜんちしきにて人の尊敬そんきやうも大方ならずと承まはれば是へ布施ふせ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「もしはばかりながらお布施ふせ申しましょう。」
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「わはははは。なにをガタガタふるえるのだ。まア見ておれ。おまえらにも、今夜は肉の一片ずつをお布施ふせしてやるから」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
仙台へ来た当座、しばらくわたしは同じ東北学院へ教えに通う図画の教師で布施ふせさんという人の家に置いてもらいましたが、その家は広瀬川ひろせがわのほとりにありました。
力餅 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それぞれ変わった布施ふせが夫人たちから出されたりした。
源氏物語:33 藤のうら葉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
石運びだの、大工だの、屋根葺やねふきなどの住む狭くて汚い裏町を、山伏は、布施ふせを乞うて軒から軒へとあるいて行った。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こないだ布施ふせが来て——布施とおれとは大の仲好しだから、あの男が言うには、『君のところには未だかたづかない娘さんがあるようだが、よそへくれてもいのか』と俺にいた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「ちがいます、托鉢のためでござる。そして、わしが布施ふせを受けると共に、おん身にも布施したいものがあって」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その布施ふせを蓄えては、盆正月ごとに、江戸にあらわれ、貧しき人々をあたためて、また諸国へ去るのであった。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
からくも布施ふせ経済の習慣によって生きているという現在の風を思いあわせると——武蔵は無言の碑の前にあって、無言の予言を聞かないではいられなかった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「なに、かてもないと。あの庫裡くりいている煙はなんだ。どうせ貴様たちの食物も里で貰ってきたお布施ふせだろう。おれも腹がっている。おときにあずかりたいものだ」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)