さき)” の例文
六郎の馬がさきになって堂のまえまで往ったところで、馬が不意に物に狂ったように、身顫みぶるいしたために、六郎は馬から落ちてしまった。
頼朝の最後 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
昔も近江街道を通る馬士まごが、橋の上に立った見も知らぬおんなから、十里さきの一里塚の松の下のおんなへ、と手紙を一通ことづかりし事あり。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その父、さきの六波羅の探題北条久時ほうじょうひさときは、もう世になかった。——が守時は、父がのこした多くの知友のうちでも、上杉憲房だけには
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
翌朝よくちょうセルゲイ、セルゲイチはここにて、熱心ねっしんに十字架じかむかって祈祷きとうささげ、自分等じぶんらさき院長いんちょうたりしひとわしたのであった。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
ここに大后いたく恨み怒りまして、その御船に載せたる御綱栢は、悉に海に投げてたまひき。かれ其地そこに名づけて御津みつさきといふ。
相手の鼻のさきでまず二度ばかりブルルっと鼻を鳴らしてから、耳の後ろから手始めに、その丸々した顔をまんべんなく拭きあげた。
やかたは私たちの前にあつた。その鋸壁を見上げながら、彼は、その時限りで後にもさきにも見られなかつたほどの烈しい目付を投げつけた。
「声名他日当如此、持贈清香梅一枝」は、霞亭が餞別の詩の末二句である。冢はさきに霞亭がために梅を書幌しよくわうに画いた大塚寿じゆである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
これは其原因が不明ではあるが、因縁いんねんのもつれであるだけは明白である。護は常陸のさき大掾だいじようで、そのまゝ常陸の東石田に居たのである。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
その晩、待合うちの湯に入った。「お前、さき入っておいで。」と言って置いて可い加減な時分に後から行った。緋縮緬の長い蹴出しであった。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
胸中の苦悶は我をりて、狹きヱネチアのこうぢを、縱横に走り過ぎしめしに、ふと立ち留りて頭をもたぐれば、われは又さきの劇場の前に在り。
さきみかど、今の君主の御父として御希望を述べられた御遺言も多かったが、女である筆者は気がひけて書き写すことができない。
源氏物語:10 榊 (新字新仮名) / 紫式部(著)
岩に彫りたるほかの物語ありき、このゆゑに我はこれをわが目のさきにあらしめんとてヴィルジリオを超えて近づきぬ 五二—五四
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
今咽喉がぐいと動いたかと思うと、またぐいと動く。あとの芋が、さきの芋を追っけてぐいぐい胃のに落ち込んで行くようだ。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
娘も私をふり仰いで「あなた様は暮れぬさき、明神の舞台を御見物の若衆さまではござりませぬか」と顔をあかめて申します。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
あゝ、先輩の胸中に燃える火は、世を焼くよりもさきに、自分の身体をき尽してしまふのであらう。斯ういふ同情おもひやり一時いつときも丑松の胸を離れない。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
こなたに歩み給へとて、さきに立ちてゆくゆく、幾ほどもなく、ここぞと聞ゆる所を見るに、門高くつくりなし、家も大きなり。
わたくし二名にめい水兵すいへいとは、あまりのうれしさに一言いちごんかつた。武村兵曹たけむらへいそうなによりさき自分じぶん大失策おほしくじり白状はくじやうして、しきりにあたまいた。
見ればさきの関白様(兼良男教房のりふさ)をはじめ、御一統には悉皆しっかいお身仕度を調えて、おひさしの間にお出ましになっておられます。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
我楽多文庫がらくたぶんこ第五期だいごきる、表画ひやうぐわ穂庵翁すゐあんおうの筆で文昌星ぶんしやうせいでした、これさき廃刊はいかんした号を追つて、二十二がうまで出して
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
もう今宵こよひおそうござる、むすめりてはまゐるまいぢゃまで。貴下こなたがござったればこそ、さもなくば吾等われらとても、一ときさきに、臥床やすんだでござらう。
だが、だいぶすいてきた車内の男女は、おばあさんに見られぬさきから、ともすると視線をおばあさんに集めがちだつた。
おばあさん (旧字旧仮名) / ささきふさ(著)
私は病院の助手をやっていたが、恰度その頃、或る婦人と恋にちました。私としてはこれが後にもさきにもたった一度の、そして熱烈な恋でした。
麻酔剤 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
最近に西の方へ汽車旅行をした事があるが、その時うした間違か、鉄道に故障があつて、汽車は寂しい田舎町に停つたまゝさきへ進まなくなつた。
二、三日してさき日向ひゅうがへ行っている彼の父から母に早く来いといって来た。母は孫の傍から離れてゆくのをいやがったがとうとう行くことになった。
御身 (新字新仮名) / 横光利一(著)
祖母の話によると、君子の生まれるまでの母は精神こころというものをさきの世に忘れてきた人のように、従順ではあったが、阿呆あほうのようにも見えたそうな。
抱茗荷の説 (新字新仮名) / 山本禾太郎(著)
さきにマッギーなどという赤十字社の婦人が日本へ来たが、実に戦争ほど悲惨不幸なものはないから、この不幸に向って大いに力を尽すということは
女子教育の目的 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
兄さんの義理はあとにもさきにもあれっきりじゃございませんか? 大地震の時だって見舞状一本下さいませんでしたわ。
或良人の惨敗 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ペンを持つ手がはなはだしく顫える。眼のさきが暗くなりかけた。で、僕は、最後の勇をふるって、君に最後の一言を呈する。
恋愛曲線 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
蛇の下齶のさきにちょっと欠けた所があって口を閉じながらそこから舌を出し得るが蜥蜴の口は開かねば舌を出し得ぬ。
この町の旧家でしかもさきの別府町時代の町長であった日名子氏はお祭りの行列についてあるかねばならなかったので、たいへん遅くなったといった。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
しかし、この遊民どもは、駒井がさきの甲府勤番支配であって、ともかくも一国一城を預かって、牧民の職をつとめた経歴のある英才と知る由もない。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
一昨夜も、自分が歌舞伎から帰ってみると、良人の容子に、自分より、ホンの一足さきに帰ったらしいところがあった。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
あるいは又、自分がさきの世で出遇であった覚えはありながら、の世へ生れて来た瞬間にすっかり忘れてしまったものを、今改めて囁かれるような感じを起す。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
家居いへゐの作りさま他所にかはれり、その事は下にいふべし)しばしこゝにやすらひて立出しに、これよりまづ猿飛橋さるとびばしを見玉へとて案内あないさきへ立てゆく。
ともとの道へ帰ろうとする山のきわの、信行寺しんぎょうじと云う寺から出て来る百姓ていの男が、すきくわを持って泥だらけの手で、一人は草鞋一人は素足でさきへ立って
あやしみて或博士あるはかせうらなはするに日外いつぞやつみなくして殺されたる嫁のたゝり成んと云ければ鎭臺には大に駭かれつかたてて是をまつり訴へたる娘を罪に行ひさきの鎭臺の官を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
何時もならば、目を閉ぢると直ぐに睡眠ねむりに落ちるのだが、今夜は慣例を破つて、まだ眠氣の催さぬさきに炬燵を離れたゝめか、頭が冴えて眠付ねつきが惡かつた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
菰田源三郎になりすましたさきの人見廣介と、その妻であって妻でない千代子との、世にも不思議な密月の旅は、何という運命の悪戯でしょう、こうして
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
命あればこそコンな事を見聞するのだ、さきに死んだ同志の朋友が不幸だ、アヽ見せてりたいと、毎度私は泣きました。実を申せば日清戦争何でもない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
龍馬が云つてますには、己はさきへ立つて籔でも岩でもヅン/\押し分けて道開きをするので、其の跡は新宮が鎌や鍬やで奇麗につくらつて呉れるのだつて……。
千里駒後日譚 (新字旧仮名) / 川田瑞穂楢崎竜川田雪山(著)
ただ此の人の饒舌には、ただごとでない神経の穂がチクチク揺れて話のさきへ滑り出てゐた——聴き手の神経に絡みつくとき、それは堪へ難いものとなつた。
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
ずっと昔にわしがさきの世にいた時に一人の旅の女を殺した事があったのだ。わしは山の中で脇差わきざしをぬいて女に迫った。女は訴えるような声を立てて泣いた。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
「いいえ。」とお作は赤い顔をして、「大分さきからどうも変だと思ったんです。占って見たらそうなんです。」
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
コロムボに入港する晩僕は船長の許しを得て船橋ブリツヂに立つて居た。十マイルさきから見えたコロムボ市街の灯火は美しかつた。月が照りながら涼しい雨が降つて居た。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
あのころの事を考えてみると、何だかこう、ぼんやりさきの世の事でも考えるようで、はかねえような、変ちきれんな心持になりやがってね——意気地あねえ。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
後にもさきにも佐吉の影はなかったし、それに、佐助の佐吉が、こんな服装なりをしていようとは知らないから、大次郎は、行きずりの旅人と話しているつもりで。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
伯爵鍋小路行平は正にういふ浅ましい連中の一人だ子。御堂関白の孫大納言公時きんときから二十一世のえいさきの権中納言時鐘ときかねの子が即ち今の伯爵鍋小路黒澄くろすみ卿である。
犬物語 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
さきへ道を進もうと、あるいは、とどまってわれわれと食卓を共にするの特典を得ようと、その方どもめいめいの好みに従って、いずれなりとも随意にさせてつかわす
あいちやんは芋蟲いもむしがこんなつまらぬねんすのですこ焦心じれッたくなつて、やゝ後退あとじさりしてきはめて眞面目まじめかまへて、『おまへこそだれだ、一たいさきはなすのが當然あたりまへぢやなくッて』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)