下町したまち)” の例文
下町したまちの方でだんだんに人の眼について来たので、このごろは武家の娘らしい姿に化けて、専ら山の手の方を荒しあるいていたんです。
半七捕物帳:34 雷獣と蛇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そぞろに蔵前くらまえの旦那衆を想像せしむる我が敬愛する下町したまちの俳人某子なにがししの邸宅は、団十郎だんじゅうろうの旧宅とその広大なる庭園を隣り合せにしている。
銀座 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
下町したまちはうらない。江戸えどのむかしよりして、これを東京とうきやうひる時鳥ほとゝぎすともいひたい、その苗賣なへうりこゑは、近頃ちかごろくことがすくなくなつた。
木菟俗見 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
眼もうだが、顏にも姿にも下町したまちにほいがあツて、語調ことばつきにしろ取廻とりまはしにしろ身ごなしにしろ表情にしろ、氣は利いてゐるが下卑げびでゐる。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
淀橋よどばし区、四谷よつや区は、大半焼け尽しました。品川しながわ区、荏原えばら区は、目下もっか延焼中えんしょうちゅうであります。下町したまち方面は、むしろ、小康状態に入りました」
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
御米およね此所こゝから出掛でかけるには、何處どこくにも足駄あしだ穿かなくつちやならないやうえるだらう。ところ下町したまちると大違おほちがひだ。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
下町したまちはヒドかろうナ。安政ほどじゃなかろうが二十七年のよりはタシカに大きい。これで先ず当分は目茶苦茶だ。」
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
それは下町したまち相場さうばとてをりかへしてるはなかりき、さるほどにこのほどのあさまだき四十しじふちかかるべき年輩としごろをとこ紡績織ばうせきおり浴衣ゆかたすこいろのさめたるを
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ごちゃごちゃとした町中の往来を隔てて、さかなを並べた肴屋さかなやの店がその障子の外に見おろされる。向かい隣には、白い障子のはまった下町したまち風の窓も見える。
分配 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
第三に見える浅草はつつましい下町したまちの一部である。花川戸はなかはど山谷さんや駒形こまかた蔵前くらまへ——そのほか何処どこでも差支さしつかへない。
野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
たとへば東京市内とうきようしないでも下町したまちやまとで震動しんどうおほいさに非常ひじよう相違そういがある。がいして下町したまちほうおほきく、やま二三倍にさんばいしくはそれ以上いじようにもなることがある。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
竹村たけむら大久保おほくぼ出発前しゆつぱつぜん奈美子なみこをつれこんでゐた下町したまち旅館りよくわんで——それにも多少たせう宣伝的意味せんでんてきいみがあつたが、そこでなかに、さやごと短刀たんたう奈美子なみこ脊中せなかつたなぞのはなし
彼女の周囲 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
「下の寝台の百五号だ」と、大西洋を航海することは、下町したまちのデルモニコ酒場でウィスキーやカクテルの話をするくらいにしか考えていない人間たち特有の事務的の口調で、僕は言った。
まどからみれば下町したまち
どんたく:絵入り小唄集 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
下町したまちばかりでなく、しまいには山の手にまでその流行がだんだんに拡がって来て、わたしの近所の娘たちも皆それを掛けていた。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
團十郎だんじふらう澁味しぶみくはゝつたと、下町したまちをんなだちが評判ひやうばんした、御病氣ごびやうき面痩おもやせては、あだにさへもえなすつた先生せんせいかたへ、……あゝかじりついた。
春着 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
その夏始めて両国りょうごく水練場すいれんばへ通いだしたので、今度は繁華の下町したまち大川筋おおかわすじとの光景に一方ひとかたならぬきょうを催すこととなった。
「次郎ちゃん、きょうはお前と末ちゃんを下町したまちのほうへ連れて行く。自動車を一台頼んで来ておくれ。」
分配 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
椿岳の傑作の多くは下町したまちに所蔵されていたから、大抵震火に亡びてしまったろうと想像されるが、椿岳独特の画境は大作よりはむしろ尺寸の小幀に発揮されてるから
「そうさね。東京は馬鹿に広いからね。——何でも下町したまちじゃねえようだ。やまだね。山の手は麹町こうじまちかね。え? それじゃ、小石川こいしかわ? でなければ牛込うしごめ四谷よつやでしょう」
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「いまお願いして、倉庫で、私の下を働かせて、いただいてるのです。というのは、下町したまち薬種屋やくしゅやで働いていたのが、馘首くびになりましてナ、栗原のところへ、ころがりこんできたのです」
夜泣き鉄骨 (新字新仮名) / 海野十三(著)
周三は、此の朝、久しぶりで下町したまちの水で顏を洗つて、久しぶりで下町の臭を嗅いだ。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
したがって彼等のすべてが何者であるか一向判らなかったが、なんでも下町したまちの町人らしい風俗で、船頭の祝儀も相当にくれた。
半七捕物帳:32 海坊主 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
私はかように好んで下町したまちの寺とその附近の裏町を尋ねて歩くと共にまた山の手の坂道に臨んだ寺をも決して閑却しない。
「あゝ……いまも風説うはさをして、あんじてました。お住居すまひ澁谷しぶやだが、あなたは下町したまちへお出掛でかけがちだから。」
露宿 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ところが或る朝、突然を通じたので会って見ると、斜子ななこの黒の紋付きに白ッぽい一楽いちらくのゾロリとした背の高いスッキリした下町したまち若檀那わかだんな風の男で、想像したほど忌味いやみがなかった。
斎藤緑雨 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
近江屋も相当の身代ではあるが、井戸屋とは比較にならない。井戸屋の名は下町したまちでも知っているものが多いので、お妻はその幸運をうらやまれた。
経帷子の秘密 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
下町したまちの姉さんたちは躑躅つつじの花の咲く村と説明されて、初めてああそうですかと合点がてんする位でしたが、今ではすっかり場末の新開町しんかいまちになってしまいました。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
名案めいあんはないかな——こゝへ、下町したまちねえさんで、つい此間このあひだまで、震災しんさいのためにげてた……元來ぐわんらい靜岡しづをかには親戚しんせきがあつて、あきらかな、いき軍師ぐんしあらはれた。
雨ふり (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
紅葉も江戸ッ子作者の流れをんだが、紅葉は平民の子であっても山の手の士族町に育って大学の空気を吸った。緑雨は士族の家に生れたが、下町したまちに育って江戸の気分にヨリ多く浸っていた。
斎藤緑雨 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
木枯しは夜通し吹きつづけて、明くる朝は下町したまちも一面に凍っていた。その五ツ(午前八時)頃に松吉は寒そうな顔をみせた。
半七捕物帳:67 薄雲の碁盤 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
一つは夕立晴れたる夏の午後とおぼしく、辻番所立てる坂の上より下町したまちの人家と芝浦しばうら帆影はんえいまでを見晴す大空には忽然こつぜん大きなる虹ななめに勇ましく現はれいでたる処なり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
大燒原おほやけはらつた、下町したまちとおなじことほとん麹町かうぢまち九分くぶどほりをいたの、やゝしめりぎはを、いへ逃出にげでたまゝの土手どて向越むかうごしにたが、黒煙くろけむりは、殘月ざんげつした
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
昔は大抵な家では自宅へ職人を呼んで餅をかしたもんで、就中、下町したまちの町家では暮の餅搗を吉例としたから淡島屋の団扇はなければならぬものとなって、毎年の年の市には景物目的めあてのお客が繁昌し
その隣りちょうに菊一という小間物屋があって、麹町の大通りの菊一と共に、下町したまちでは有名な老舗しにせとして知られていた。
半七捕物帳:28 雪達磨 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
車の中は頭痛のするほどさわがしい中に、いつか下町したまちの優しい女の話声も交るようになった。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
かみ束髮そくはつに、しろいリボンをおほきくけたが、美子みいこいちやんもなるをりから、當人たうにんなにもなしにとゝもに押移おしうつつたものらしい。が、てんせる下町したまち娘風むすめふうは、くだんかみひさしえぬ。
松の葉 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
梶井は今まで下町したまちに住んでいたので、蛇などをみて珍しそうに騒ぐのだろうが、ここらの草深いところで育った僕たちは蛇や蛙を自分の友達と思っているくらいだ。
月の夜がたり (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
山の手に生れて山の手に育った私は、常にかの軽快瀟洒しょうしゃなる船と橋と河岸かしながめを専有する下町したまちを羨むの余り、この崖と坂との佶倔きっくつなる風景を以て、おおいに山の手の誇とするのである。
麹町も赤坂も、昔は山の手あつかいにされていた土地で、下町したまちにくらべるとお正月気分はずっと薄かったものです。川柳にも『下戸げこの礼、赤坂四谷麹町』などとある。
半七捕物帳:17 三河万歳 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
遠い下町したまちに行って芸者になってしまうのが少しも悲しくないのかと長吉はいいたい事も胸一ぱいになって口には出ない。お糸は河水かわみずてらす玉のような月の光にも一向いっこう気のつかない様子で
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
おも下町したまちをあらして歩いたんですが、なにしろ物騒ですから暗い晩などに外をあるくのは兢々びくびくもので、何時いつだしぬけに土手っ腹をえぐられるか判らないというわけです。
半七捕物帳:18 槍突き (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
遠い下町したまちに行つて芸者になつてしまふのがすこしも悲しくないのかと長吉ちやうきちひたい事も胸一ぱいになつて口には出ない。おいと河水かはみづてらす玉のやうな月の光にも一向いつかう気のつかない様子やうす
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
襟付の黄八丈に緋鹿子ひかのこの帯をしめた可愛らしい下町したまちの娘すがたを、半七は頭のなかに描き出した。
半七捕物帳:02 石灯籠 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
これは少し差し合いがありますから、町内の名は申されませんが、やっぱり下町したまちのことで、いつかお話をしたお化け師匠のうちのあんまり遠くないところだと思ってください。
半七捕物帳:06 半鐘の怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
わたしが若いときに箱根に滞在していると、両隣りともに東京の下町したまちの家族づれで、ほとんど毎日のようにいろいろの物をくれるので、すこぶる有難迷惑に感じたことがある。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
わたしは肩揚げが取れてから下町したまちへ出ていて、山の手の実家へは七、八年帰らなかった。それが或る都合で再び帰って住むようになった時には、私ももう昔の子供ではなかった。
ゆず湯 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
わたしは肩揚げが取れてから下町したまちへ出ていて、山の手の実家へは七、八年帰らなかった。それが或る都合で再び帰って住むようになった時には、私ももう昔の子供ではなかった。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
この頃は諸式高直こうじきのために、江戸でもときどきに打毀うちこわしの一揆が起った。現にこの五月にも下谷神田をあらし廻ったので、下町したまちの物持ちからはそれぞれに救い米の寄付を申し出た。
半七捕物帳:20 向島の寮 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それはおとといの夜のことで、この上は何をおいても金の工面を急がなければならないと、女房は再び番頭と打ち合わせの上で、お才は明くる日の早朝から下町したまちの親類へ相談に行った。
半七捕物帳:50 正雪の絵馬 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)