身裝みなり)” の例文
新字:身装
身裝みなりは氣の毒なほど粗末ですが、十七八の美しい娘で、あどけなく可愛らしいうちにも、武家の出らしい、品のよさが、好感を持たせます。
どう繕ひやうもないクェイカー教徒の身裝みなり——編み髮も何もあまりに窮屈で、質素で、どう亂れようもない——その身裝で、私共は下りて行つた。
さうしなければ樂めないといふ譯もなし、普通の身裝みなりで普通の顏で、歡樂を擅にする事ができるのだから。
お花見雑感 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
私はその身裝みなりで帳場の書生と遊びたく思ひ、女中を呼びにやつたが、書生は仲々來なかつた。
思ひ出 (旧字旧仮名) / 太宰治(著)
檢校になるのは、七百十九兩で濟みますが、京都へ上る路用から、檢校になつた時、見苦しくない身裝みなりや住居も要ります。
身裝みなりを構はなかつたり、自分の與へる印象に不注意だつたりするのは、私の習慣ではなかつた。
「へエ、目のさめるやうな娘でしたよ。——身裝みなりは惡かつたが、あんな綺麗なのは、神明にも狸穴まみあなにもありません」
主人あるじと同年輩の四十五六、同じ稼業かげふには相違ありませんが、これは人に金を貸す方ではなく、始終借りて居る方で、酒も呑み、遊びも好き、身裝みなりも相當で
もう一人の姪のお道といふのは、總兵衞の弟の娘で十九、これは美しくもあり、若くもあり、その上身裝みなりなども、相模屋さがみやのお孃さんらしい贅澤なものでした。
身裝みなりはお蝶よりいくらか派手ですが、顏立は淋しく冷たい方で、お蝶の豊麗なのとくらべると、同じ美人の仲間には入つても、男好きの點は格段の違ひがあります。
身裝みなりも至つて質素にひどい無口で、少し三白眼にして人を見上げる人相は、あまり結構ではありませんが、主人始め店中の者は、この上もない正直者だと保證してをります。
くはしく言へば、進藤孫三郎の家を出て、左右に別れた二人は、和泉橋の先の柳森稻荷の蕎麥屋そばやののれんの中で、人知れず身裝みなりを變へたのを、さすがの曲者も氣が付かなかつたのでせう。
家賃は申す迄もなく、酒屋米屋の拂ひもとゞこほらず、身裝みなりまで小綺麗になつたのを見て世間の人は、千兩の持參が、日向の雪達磨ゆきだるまのやうに、見る/\減つて行くだらうと、人事乍ら氣が氣ぢや無い
「當てつこをしませうや、——年恰好、身分身裝みなり