負目ひけめ)” の例文
女も、母親や書生の前で、負目ひけめを見せまいとした。その言い草が一層女の経歴について笹村に悪いヒントを与えた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
だが、こう乗りこんできた以上、彼は高氏にあえて負目ひけめは感じていない。高時のちょうはにぎっているし、また、京鎌倉の間の要地に、伊吹ノ城をも持っている。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
硫黄の匂いする美顔水をつけて化粧してみても追っ付かないと思い諦めて、やがて十九になった。数多くある負目ひけめの上に容貌のことで、いよいよ美津子に嫌われるという想いが強くなった。
放浪 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
自分だけが妾腹の子という——幼少からの負目ひけめが、自然彼をそうさせたのかもしれない。——右門の眸は、十兵衛がわらうとおり、人に対して、いつも弱々しかった。
柳生月影抄 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分が音楽の天才でないといふ負目ひけめも、彼女の勇気を挫いた。しかし今となつて見ると、寧ろ芸術にでも精進して、孤独の忴に生きた方が、何んなに仕合だつたか知れないと思はれた。
復讐 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
負目ひけめどころか、藤吉郎自身はひそかな誇りをすら抱いていたであろう。こうしてこよい世話してくれる者や供についてくれた者はみな、縁者でもなければ頼んでつれて来た者でもない。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
足軽三十人持ちの当時の侍が聟立ちとして、何の負目ひけめもないものであった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
軍目附いくさめつけたるおん身からして、そう負目ひけめにお考えでは困る。たとえ武田の二万七千に対して、お味方は一万に足らぬ小勢といえ、われら三河武士の骨ぶしが、甲州者にやわ劣ろうか。ひとりひとりが敵の三人に当れば足りる」
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)