護持院ごじいん)” の例文
何かのことに夜をかして、護持院ごじいんはらを帰るさ、うらみを含む他流の者が、三十人余り党を組んで待ち伏せ、いわゆる闇討やみうちを食った。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あの往来は丁度ちょうど今の神田橋一橋外の高等商業学校のあるあたりで、護持院ごじいんはらと云う大きな松の樹などが生繁おいしげって居る恐ろしい淋しい処で、追剥おいはぎでも出そうな処だ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
一度、神田橋外の護持院ごじいんはらのかこいが取れたので、佐吉をつれて、みくさに行ったことがあった。その摘み草が大へん面白かったので、お高は、また一日どこかへ遊びに行きたいと思っていた。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
綱吉の栄華や大奥の奢侈に費やされたことももちろんであるが、大奥の女性を経て、護持院ごじいんの建立とか、そのほか無用な喜捨享楽に投ぜられた額も莫大であった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一僧とは、たれも知る、綱吉の生母桂昌院けいしょういんが、崇拝してやまない護持院ごじいんの大僧正隆光りゅうこうのことらしい。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
護持院ごじいんヶ原まで飛んでくると、周馬はそこで、茫然ぼうぜんと足を止めてしまった。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)