画布カンバス)” の例文
二人の間には、絵具のチューブが、滅茶苦茶めちゃくちゃに散っていた。父の足下には、三十号の画布カンバスが、枠に入ったまゝ、ナイフで横に切られていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
岡は画布カンバスを張るための白木の縁を岸本の見ている前で惜気もなくへし折って、それを焚付たきつけがわりに鉄製の暖炉の中へ投入れた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
よく画布カンバスに刺繍してあるのと同じような騎士の絵が毛糸で刺繍してあった——つまり、鼻が段々になって前へ突き出し、唇は四角い形をしていた。
どうも普通の日本の女の顔は歌麿式うたまろしきや何かばかりで、西洋の画布カンバスにはうつりが悪くっていけないが、あの女や野々宮さんはいい。両方ともに絵になる。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
然し其処には、不似合に大きな柱時計と画布カンバスや洋画道具の外に、蔵書と蓋の蝶番が壊れた携帯蓄音機ポータブルがあるだけで、朔郎はこの室を捜索するために、柳江の書斎に移されていた。
後光殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
小型の画架イーゼルに殆ど仕上った一枚の小さな画布カンバスが仕掛けてあり、調色板パレットは乱雑に投げ出されて油壺のリンシード・オイルは床の上にこぼれ、多分倒れながら亜太郎がその油を踏み滑ったものであろう
闖入者 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
画布カンバスまでも、引き裂いた暴君のやうな父の前に、真面目な芸術家として兄の血は、熱湯のやうに、沸いたのに違ひなかつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
「かけたまえ。——あれだ」と言って、かきかけた画布カンバスの方を見た。長さは六尺もある。三四郎はただ
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
牧野は近くにある牧場を選んで画作に取りかかった。そこへ岸本が歩いて行って見る度に、きっと牧野の後に足を投出して眼前めのまえの風景と画布カンバスとを見比べているエドワアルを見つけた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
画布カンバスまでも、引き裂いた暴君のような父の前に、真面目まじめな芸術家として兄の血は、熱湯のように、沸いたのに違いなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
あだかも緑玉を砕いててたようである。またあだかも印象派の画布カンバスを見るようでもある。僕はわびしい冬の幻相の中で、こんな美しい緑に出会おうとも思いがけなかったのである。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その時透明な空気の画布カンバスの中に暗く描かれた女の影は一足前へ動いた。三四郎も誘われたように前へ動いた。二人は一筋道の廊下のどこかですれ違わねばならぬ運命をもって互いに近づいて来た。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
父の足下には、三十号の画布カンバスが、枠に入つたまゝ、ナイフで横に切られてゐた。その上に描かれてゐる女の肖像も、無残にも頬の下から胸へかけて、一太刀浴びてゐるのだつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)