あぶ)” の例文
こんどは自分から立っていって薄暗い厨房ちゅうぼうの調理台にあった兎のももみたいなあぶり肉を右手に一本つかみ、それを横へくわえかけた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、五体はあぶられるスルメのやうに思慮のない狂ほしさで苛々した。彼は、夜、愚鈍な眼差しで煙草を喫してゐる己れの姿を、憎々しく回想して
F村での春 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
山小屋の囲炉裏に、串に刺した鰍を立てならべ榾火ほたびで気長にあぶって、山椒さんしょう醤油で食べるのが最もおいしい。焼きからしを摺鉢ですり、粉にして味噌汁のだしにすれば、これまた素敵である。
冬の鰍 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
あぶってゆきなはりまッせんか——とか、——寒うござりますな、帰りにゃお寄んなはりまッせ——とか叫びかけるのだが、相手は頬被り頭を一寸ちょっとうごかすきりで、さッさと行きすぎてしまう。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)