おうち)” の例文
前の歌のつづきで、憶良が旅人の心に同化して旅人の妻を悼んだものである。おうちは即ち栴檀せんだんで、初夏のころ薄紫の花が咲く。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
その他冬青木もち、椿、楢、はぜおうちむく、とべら、胡頽子ぐみ、臭木等多く、たらなどの思ひがけないものも立ち混つてゐる。
沼津千本松原 (新字旧仮名) / 若山牧水(著)
竹渓は文政九年の春も暮れておうちの花の咲きかけた頃病にした。「病中児ニ示ス。」という七律の作がある。しかし病は軽くして程なくえたのであろう。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
古風な屋根門のすぐわきに大きなおうちの木が茂った枝を広げて、日盛りの道に涼しい陰をこしらえていた。
花物語 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
初夏の日かげは真直まっすぐに門内なる栗やおうちこずえに照渡っているので、垣外の路に横たわる若葉の影もまだ短く縮んでいて、にわとりの声のみ勇ましくあちこちに聞える真昼時。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
きれいに掃いた道に青竹の削りくずやかんなくずが散らばっておうちの花がこぼれている。
花物語 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
一首の意は、妻の死を悲しんで、わが涙の未だ乾かぬうちに、妻が生前喜んで見た庭前のおうちの花も散ることであろう、というので、く歳月のはやきを歎じ、亡妻をおもう情の切なことをおもうのである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
桶をたたく音は向こうの丘に反響しておうちの花がほろほろこぼれる。
花物語 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)