梧桐きり)” の例文
八つ手や梧桐きりの広い葉の面が、濡れたように光った。反対の側の樹陰、枝の奥は異様に暗く、庭がいつになく迫る力を持って見えた。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
だが、後に捨てられてあった長刀なぎなたをふと拾い上げてみると、長巻ながまきは青貝、こしらえは黄金こがね、吉良家の定紋、梧桐きりの紋どころが散らしてあるではないか。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
項羽は無聊に堪へ兼ねて高殿の勾欄おばしまから、無辺に霞む遠近おちこちの景色を眺めて居た。あたゝかい小春日の日光に、窓下の梧桐きりの葉末までが麗はしく輝いて見えた。
悲しき項羽 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
彼女は廊下の窓際に斜に置かれて、小雨のふる中に垂れ下った梧桐きりの葉の淋しさを眺めて居た。側には三十位の女が輸送車の上にあを向けにねて、自分の手の色をぢっと見てゐた。
青白き夢 (新字旧仮名) / 素木しづ(著)
暁の星が白っぽく、旧家の池の枯れはすに風もない。一葉一葉と落ちる梧桐きりの木に、いつも来て歌う鳥の音も、今朝は何か宋家の父子のはらわたには、み入るような悲しみがある。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)