東宮とうぐう)” の例文
となって、東宮とうぐうにさだめられた。すなわち次代の天皇である。もうこれ以上、彼女が後醍醐にせがみ求める何ものもないはずだった。
東宮とうぐう一年の雑用は従七位の年俸の約百倍、普通農家の基本収入の約三、四十倍、換算して同じく六、七万円である。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
という歌、これは一昨年の春東宮とうぐうの御慶事があった時に予が鉢植のおだまきを写生して碧梧桐に送り、そのまさに妻を迎えんとするを賀した事があるのを思い出したのである。
病牀苦語 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
仙洞御所せんどうごしよと稱し一品親王なり又天子御世繼よつぎの太子を東宮とうぐういひ是又一品親王なり又東叡山の宮樣は一品准后ほんじゆんこうにして准后とは天子のきさきじゆんずる故に准后の宮樣とは云なり然ば宮樣の御沓おくつ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
大納言公任卿きんとうきやう朗詠集らうえいしふに入れられたる菅家の詩に「送ルハスコトヲ舟車唯別残鴬トニ落花モシ使シテ韶光ラシメバ今𫕟旅宿在詩家」此御作は 延喜帝いまだ東宮とうぐうたりし時令旨れいしありて一時ひとゝきの間に十首の詩を
なにしろ、端王と申しあげる君は、先帝の第十一皇子で、今上きんじょう哲宗皇帝の弟君にあたられ、東宮とうぐう(皇太子)のご待遇をも受けておられるお方なのだ。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大納言公任卿きんとうきやう朗詠集らうえいしふに入れられたる菅家の詩に「送ルハスコトヲ舟車唯別残鴬トニ落花モシ使シテ韶光ラシメバ今𫕟旅宿在詩家」此御作は 延喜帝いまだ東宮とうぐうたりし時令旨れいしありて一時ひとゝきの間に十首の詩を
「そして、今日以後は、この東宮とうぐうにいるがよい。もう王駙馬おうふばの館へは帰るに及ばん」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)