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師岡正胤
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もろおかまさたね
ふりがな文庫
“
師岡正胤
(
もろおかまさたね
)” の例文
三輪田綱一郎
(
みわたつないちろう
)
、
師岡正胤
(
もろおかまさたね
)
なぞのやかましい連中が集まっていたという二条
衣
(
ころも
)
の
棚
(
たな
)
——それから、同門の
野代広助
(
のしろひろすけ
)
、梅村真一郎、それに正香その人をも従えながら
夜明け前:01 第一部上
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
平田同門の人たちの動きがしきりに彼の胸に浮かんだ。その時になって見ると、
師岡正胤
(
もろおかまさたね
)
、
三輪田元綱
(
みわたもとつな
)
、
権田直助
(
ごんだなおすけ
)
なぞはいずれも今は東京の方で師の周囲に集まりつつある。
夜明け前:03 第二部上
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
師の周囲には平田
延胤
(
のぶたね
)
、
師岡正胤
(
もろおかまさたね
)
、
権田直助
(
ごんだなおすけ
)
、丸山
作楽
(
さらく
)
、矢野
玄道
(
げんどう
)
、それから半蔵にはことに親しみの深い
暮田正香
(
くれたまさか
)
らの人たちが集まって、直接に間接に復古のために働いた。
夜明け前:04 第二部下
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
あの
足利
(
あしかが
)
将軍らの木像の首を
三条河原
(
さんじょうがわら
)
に
晒
(
さら
)
したという示威事件に関係して縛に
就
(
つ
)
いた先輩
師岡正胤
(
もろおかまさたね
)
をはじめ、その他の平田同門の人たちはわずかに厳刑をまぬかれたというにとどまり
夜明け前:02 第一部下
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
過ぐる文久三年の二月、同門の
師岡正胤
(
もろおかまさたね
)
ら八人のものと共に、彼が等持院にある
足利尊氏
(
あしかがたかうじ
)
以下、二将軍の木像の首を抜き取って、幕府への見せしめのため
晒
(
さら
)
し物としたのも、その河原だ。
夜明け前:03 第二部上
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
▼ もっと見る
足利
(
あしかが
)
将軍の木像の首を引き抜くなんて。あの事件には
師岡正胤
(
もろおかまさたね
)
なぞも関係していますから、同志を救い出せと言うんで、伊那からもわざわざ運動に京都まで出かけたものもありましたっけ。
夜明け前:01 第一部上
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
松尾の大宮司となった
師岡正胤
(
もろおかまさたね
)
、賀茂の少宮司となった
暮田正香
(
くれたまさか
)
なぞを引き合いに出すまでもなく、伊那の谷にある同門の人たちの中にもその方向を取ろうとする有志のものはすくなくない。
夜明け前:04 第二部下
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
松尾
大宮司
(
だいぐうじ
)
として京都と東京の間をよく往復するという先輩
師岡正胤
(
もろおかまさたね
)
を
美濃
(
みの
)
の中津川の方に迎えた時のことを思い出し、その小集の席上で同門の人たちが思い思いに歌を
記
(
しる
)
しつけた扇を思い出し
夜明け前:04 第二部下
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
「そう言えば、
師岡正胤
(
もろおかまさたね
)
もどうしていますかさ。ひょっとすると、わたしより先に京都へ出ているかもしれません。あの師岡も、今度の大赦にあって、
生命拾
(
いのちびろ
)
いをしたように思っていましょう。」
夜明け前:02 第一部下
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
師
常用漢字
小5
部首:⼱
10画
岡
常用漢字
小4
部首:⼭
8画
正
常用漢字
小1
部首:⽌
5画
胤
漢検準1級
部首:⾁
9画
“師岡正胤”で始まる語句
師岡正胤主