“宇智(うち)” の例文
舒明(じょめい)天皇が、宇智野(うちぬ)、即(すなわ)ち大和宇智(うち)郡の野(今の五条町の南、阪合部(さかあいべ)村)に遊猟したもうた時、中皇命(なかちすめらみこと)が間人連老(はしびとのむらじおゆ)をして献(たてまつ)らしめた長歌の反歌である。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
しかし、以後の大和の宇智(うち)郡や南葛城地方には、しばしば、えたいの知れない郷軍の活躍が目だって来ている。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なお宣長(のりなが)の「あら玉来経(きふ)る」説、即ち年月の経過する現(うつ)という意。久老(ひさおい)の「程(たま)来経(きふ)る」説。雅澄(まさずみ)の「手纏(たま)き佩(は)く」説等がある。宇智(うち)と内(うち)と同音だからそう用いた。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
たまきはる宇智(うち)の大野(おほぬ)に馬(うま)並(な)めて朝(あさ)踏(ふ)ますらむその草(くさ)深野(ふかぬ) 〔巻一・四〕 中皇命
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)