塁濠るいごう)” の例文
関ヶ原のいくさの直前に、この城は西軍の浮田勢と島津勢に攻められて、その増田廓ますだぐるわ大蔵廓おおくらぐるわや、また諸所の塁濠るいごうなどもかなり破壊されたものだったが、今では
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
城の塁濠るいごうほう六町、市街の橋梁きょうりょう巷路こうじとあわせて、多くは前の城主松平伊豆守の繩取なわとりによるとか、織物農穀のうこくの産業もゆたかで、川越の城下の繁昌はなかなかであります。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
塁濠るいごう宏大こうだい、天主や楼閣ろうかくのけっこうさ、さすがに、秀吉ひでよしを成りあがりものと見くだして、大徳寺では、筑前守ちくぜんのかみに足をもませたと、うそにも、いわれるほどなものはある。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
で、佐々木六角は、自分の箕作城の守備を、吉田出雲守いずものかみにあずけ、自分は父のいる観音寺に合体して、そこを本営として、和田、日野その他、領土の塁濠るいごう十八ヵ所に、防禦の陣を遺憾いかんなくいていた。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)