入輿にゅうよ)” の例文
天子でおいでになるのではないから入内じゅだいの式とも違い、親王夫人の入輿にゅうよとも違ったものである。
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
家定の室は、島津斉彬の養女篤姫で、安政三年十一月十一日藩邸から本丸へ入輿にゅうよしたのであるが、将軍のからだがこんな訳であるから、篤姫一生の心身は、お察しして見て哀れである。
『七面鳥』と『忘れ褌』 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
武子さんは暹羅シャムの皇太子に入輿にゅうよの儀が会議され——明治の初期に、日支親善のため、東本願寺の光瑩こうけい上人の姉妹はらからが、しん帝との縁組の交渉は内々進んでいたのに沙汰さたやみになったが——武子さんのは
九条武子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)