余吾よご)” の例文
戸隠とがくし山で鬼女を退治した平惟茂これもち余吾よご将軍と呼ぶのは、祖父貞盛の養子となって、長幼の順序が十五番目であったからであります。
名字の話 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
で、玄蕃允は、自己の率いる本隊を、余吾よご水際みずぎわから清水谷を経て、急速に引き退かせつつある間に、勝政の支隊へも、使いを飛ばして
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しだいに万燈会まんどうえのごとくおびたゞしい数になりまして、ひでよし公が大柿おおがきより夜どおしでお馬をかえされたらしく、廿一日の暁天ぎょうてんにあたって余吾よごのみずうみのかなたがにわかにさわがしく相成あいなり
盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そして佐久間隊の武者が——多分、斥候隊かもしれませぬ——馬を飛ばして何度も余吾よごの方から村を駈け抜けて行きました。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
北越の山ざかいを越え、雲の峰のくずるるような大軍が、残暑の七月、やなから田神山たがみやまを経、余吾よごもとのあたりへ濛々もうもうと陣地を構築していた。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「——賤ヶ嶽の繰引くりびきに、余吾よごうみばたで、羽柴勢のけを、猛烈にしッぱろうた合戦のもようを、ひとつ、ここに居る法斎どのから聞こうではないか」
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
東すれば余吾よごうみを経て、江州長浜街道へつづく。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)