“せっせい”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
摂生42.9%
執政14.3%
摂政14.3%
浙西14.3%
雪声14.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
その当り前の生理に背(そむ)いて無理なことをなさるのこそ、お体のために宜しくない、そんなことより、殿が摂生(せっせい)をお守りなされて一年でも多く長寿を保って下さる方が私もうれしい、と
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
明治十三年の冬、時の執政(せっせい)大隈(おおくま)、伊藤(いとう)、井上(いのうえ)の三人から私方に何か申して参(まいっ)て、或(あ)る処に面会して見ると、何か公報のような官報のような新聞紙を起すから私に担任して呉(く)れろと云う。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
そこで尚温の叔父の浦添(うらそい)王子尚図が王の即位の翌年摂政(せっせい)となるや否や、首里城中の無数の神棚を破壊して多くのトキユタを罰したとのことであります。
ユタの歴史的研究 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
天祐丙子(てんゆうひのえね)の年、浙西(せっせい)の軍士周交(しゅうこう)が乱をおこして、大将の秦進忠(しんしんちゅう)をはじめ、張胤(ちょういん)ら十数人を殺しました。
この楠公像は高村光雲が作ったのだといい、また岡崎雪声(せっせい)氏が作ったのだとも専(もっぱ)らいわれている。