きざ)” の例文
雲水空善は、早くも扉の仕掛を見破ったものか、三猿をきざんだ大岩の前に積み重ねた、ひと抱えほどの岩を幾つも幾つも取除きました。
大江戸黄金狂 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
たまたま伊勢詣のしるしにとて送られし貝の一ひらを見れば大わだつみのよろづの波をきざめるとぞ言ひし言の葉こそ思ひいでらるれ
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
馬琴の、底光のする眼を見詰めていた京伝は、その木像のような面にきざまれている決意の色を、感じないわけには行かなかった。
曲亭馬琴 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
けれども由紀ゆきにはそれがみな胸にしみとおるほど切実に聞え、とつぐという覚悟をあらためて心にきざみつけられたのであった。
日本婦道記:藪の蔭 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そこに切りきざまれている脳を両手で下から持ちあげて、頭の中に押しこんだ。その上を、例のお碗のような頭蓋骨で蓋をした。
人体解剖を看るの記 (新字新仮名) / 海野十三(著)
一男は、縦横に組み上げられた鉄材の間から、遠く澄んだ空へ眼をはなった。上総かずさ房州ぼうしゅう山波やまなみがくっきりと、きざんだような輪廓りんかくを見せている。
秋空晴れて (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
夏目漱石氏の「幻のたて」の中にもゴーゴンの頭に似た夜叉の顔の盾の表にきざまれてある有様が艶麗えんれいの筆をもつて写されてある。
毒と迷信 (新字旧仮名) / 小酒井不木(著)
帯に記したる所は、后が王の寵愛を受けし場所は王宮の花園にして、其処には希臘グレシア男女なんによの神体をきざめる美しき大理石の立像数多あまた有りし由に候。
にぎりには緑色のぎよく獅子頭ししがしらきざみて、象牙ぞうげの如く瑩潤つややかに白きつゑを携へたるが、そのさきをもて低き梢の花を打落し打落し
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
丈六坐像を木できざむのは困難であり、また乾漆は当時の流行であったために、本尊は乾漆ときまった。そうして乾漆像の工手は我が国にも少なくなかった。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
ことに、「わが面の前に我のほか何物をも神とすべからず」とか、「自己のために何の偶像をもきざむべからず」
結婚は無辜むこの頭上に荊莿けいきょくの冠を置き、血文字にて私生児てふ恐るべき言葉をきざまないであらうか? 若し結婚がその宣言するあらゆる諸徳を含んでゐるなら
結婚と恋愛 (新字旧仮名) / エマ・ゴールドマン(著)
五百羅漢製作においても多大の精進しょうじんを積まれ一丈六尺の釈迦牟尼仏しゃかむにぶつの坐像、八尺の文殊もんじゅ普賢ふげんの坐像、それから脇士わきし阿難迦葉あなんかしようの八尺の立像をもきざまれました。
後に『草枕』のモニューメントを築き上げた巨匠ののみのすさびにきざんだ小品をこの集に見る事が出来る。
夏目先生の俳句と漢詩 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
建築上の民族的特質というものについての勘ちがいがある。Y氏の愛する木食上人の木像は、ああいう家に住む土豪にあってきざまれたものではなかったのですからね。
宣徳せんとく香炉こうろ紫檀したんの蓋があって、紫檀の蓋の真中には猿をきざんだ青玉せいぎょくのつまみ手がついている。
一夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
水と砂から生れた娘として、真弓は陸の土と埃とをさげすんだ。自尊心のつよい少女として、真弓はあらゆる近代的生活様式に依つてきざまれ彩られた仮面の青年たちを冷視した。
水と砂 (新字旧仮名) / 神西清(著)
何も偽ってまでよく書こうなどとは決して思わないが、余りに非常識な点だの人間的な短所などは、わが親の像として、何だかきざみ出し難い気もちが先立ってくるのである。
とても長くきざみつけてあった朝散太夫を子供心にすっかり覚えこんでしまったのだった。
全身が刺青いれずみのように青光りする波斯ペルシャ模様の派手な寝間着を着た、石竹色のしなやかな素足に、これも贅沢な刺繍のスリッパを穿いていたが、その顔は大理石をきざんだように真白くこわばって
継子 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
眉間に深い立皺をきざんで、凝つと眼を閉ぢてゐる者、眼ばたきもしないで明るい電灯を瞶めてゐる者、机にどつかりと突つ伏して悩んでゐる者、頭をかかへて唇を噛んでゐる者……登志子は
海路 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
「君らの来るのを待っている中にあの山に昇って見ようと思って、頂上に行くと石の恰好のいい奴があったものだから、ナイフで紀念碑をきざんで、それから後ろに行くと谷から落ちたんだ。」
月世界跋渉記 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
思うままの地金を使って、実物のおおきさ、姫瓜、烏瓜ぐらいなのから、小さなのは蚕豆そらまめなるまで、品には、床の置もの、香炉こうろ香合こうごう、釣香炉、手奩てばこたぐい。黄金の無垢むくで、かんざしの玉をきざんだのもある。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
単に野放図のほうずや遊戯的態度からしては、『新古今集』を性格づけるような声調はきざみ出されては来ないのである。そこには意志の緊張がる。彫り出すものの像をたえず虚空に見つめ得る眼が要る。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
夫人の冷たさは、愈々いよいよ加わった。その美しい面は、象牙ぞうげきざんだ仮面か何かのように、冷たく光っていた。『何を!』とったようなかぬ気の表情が、その小さい真赤な唇のあたりに動いていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
徳川三百年の風流の生粋きっすいが、毛筋で突いたやうな柳と白鷺しらさぎ池水ちすいきざみ込まれた後藤派の目貫めぬきのやうなものを並べて、自分の店から持つて来たいろ/\の専門の道具や薬品を使つて手入れしながら
過去世 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
三月三日 はん女、亡き父母の比翼塚にきざまんとて句を乞へるに。
七百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
のみ能面おもてきざんでいた。刃先がキラキラと火に光った。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
きざみたい!といふ 衝動にもだへたであらう
秋の瞳 (新字旧仮名) / 八木重吉(著)
水晶の星きざむ白壇のけた
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
のみとりて像をきざむ人
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
「地蔵様の肌が暖かい! そんな馬鹿なことがあるものか、石できざんだ鼻っ欠けの地蔵だ。大方、陽が当って暖まるんだろう」
何かを! 見よ、彼の眉がきりきりと痙攣ひきつった。そして固く引結んだ唇に活々いきいきとした微笑ほほえみきざまれて来た。
流血船西へ行く (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
これ、佐藤次信さとうつぎのぶ忠信たゞのぶ兄弟きやうだいつま二人ふたりみやこにて討死うちじにせしのち、はゝ泣悲なきかなしむがいとしさに、をつと姿すがたをまなび、ひたるひとなぐさめたる、やさしきこゝろをあはれがりてときひと木像もくざうきざみしものなりといふ。
甲冑堂 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
古伽藍ふるがらんげた額、化銀杏ばけいちょうと動かぬ松、錯落さくらくならぶ石塔——死したる人の名をきざむ死したる石塔と、花のような佳人とが融和して一団の気と流れて円熟無礙むげの一種の感動を余の神経に伝えたのである。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ノ御歌ヲきざミタル記念碑アリ。
或るハイカーの記 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
きざまなければならなかった。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
きざまれたる
秋の瞳 (新字旧仮名) / 八木重吉(著)
色のせた唇は、何やらわななきますが、それっきり言葉にもならず、美しい眉がひそんで、きざんだような頬を、痛ましい痙攣けいれんが走ります。
これ、佐藤継信つぎのぶ忠信ただのぶ兄弟の妻、二人都にて討死せしのち、その母の泣悲しむがいとしさに、我が夫の姿をまなび、老いたる人を慰めたる、優しき心をあわれがりて時の人木像にきざみしものなりという。
一景話題 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まるでその物音をおのれの魂にきざみつけでもするかのように。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼女は懸命におもてきざんだ。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「地藏樣の肌が暖かい! そんな馬鹿なことがあるものか、石できざんだ鼻つ缺けの地藏だ。大方陽が當つて暖まるんだらう」
山浦丈太郎が立って、三猿の左の方、何んにもきざんでないところを押すと、岩はキシミながら動いて、人間がようやく通れるほどの口を開けました。
大江戸黄金狂 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
おびたゞしい出血に顏の色はらふの如く白くなつて居りますが、眼鼻立ちの端正さは名人のきざんだ人形のやうで、うつろに開いた眼には、恐怖の影さへもなく
妹のお徳はあだっぽい作為的な品で、ちょいと見は綺麗にもあでやかにも映りますが、こう並べると、玉にきざんだ女神と、泥焼のお狐様ほどの違いがあります。
妹のお徳は仇つぽい作爲的なしなで、ちよいと見は綺麗にも艶やかにも映りますが、斯う並べると、玉にきざんだ女神と、燒棒のお狐樣ほどの違ひがあります。
黒髪は肩から背へと乱れて居りますが、大理石をきざんで血を通わせたような、胸から腰への線の美しさ。
後に殘つた杵太郎は、精々十六、七、これは小柄で骨細で、良質のひのきに、名工が腕を揮つてきざみ、急所々々に桃色のくまいたやうなガツチリした美少年でした。
無念のまなじりこそ裂けてをりますが、きざんだやうな眼鼻立ちが恐怖にゆがめられて、物凄さもまた一入ひとしほです。