から)” の例文
からになつた渡船とせんへ、天滿與力てんまよりきかたをいからしてつた。六甲山ろくかふざんしづまうとする西日にしびが、きら/\とれの兩刀りやうたう目貫めぬきひからしてゐた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
遠くから、もう一台、四頭の毛の長い馬に曳かれたからの軽馬車がガタゴトやって来たが、馬の頸圏くびわはぼろぼろで、馬具は荒縄だった。
さらぬだに地獄絵の青鬼そのままなところへ——左手に握った乾雲丸をさやぐるみふりあげるたびにからの右袖がぶきみな踊りをおどる。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
弟子たちは嗚咽おえつこらえきれなかった。師の脱いだ袈裟けさだけを乗せて、からくるまは、花のちる夕風の中を、力なく、帰って行くのだった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、そこに扉のすっかりあいている衣裳戸棚——それはからではない。だれかがその中に立っているのである。ある姿が、ある人が。
衣裳戸棚 (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
テープ・レコーダーはから廻りをしていた。母の小言はもう終って、空転する音だけが聞えてい、私は敏夫の上半身を抱き起こした。
ばちあたり (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そして、彼等がだんだん近づいて来るのを見ると、彼等のうちの二人は、そのひたいのまん中に、からっぽの眼窩めのあなだけがあいているのでした。
今朝けた佐倉炭さくらずみは白くなって、薩摩五徳さつまごとくけた鉄瓶てつびんがほとんどめている。炭取はからだ。手をたたいたがちょっと台所まできこえない。
文鳥 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私は衝動的に走り寄つて、メントール酒の瓶を軍曹の唇に近附けたが、瓶はからっぽになっている事に気附いたので憮然として立上った。
戦場 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それでも彼女は、彼の杯を少しもからのままにしておかなかった。そしてまた同じくらいに、自分の杯へも手の銚子を持っていった。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
今度は、三人の中の最後の者が、からになった酒を飲むうつわを下に置いて脣をぴちゃぴちゃ舐めながら、自分の言うことを言い出した。
七八本のからの徳利を床の間に並べ、女のつまらなさを、すつかり了解したやうな晴々しさで、ゆき子の寝床のすそにへたばつてしまつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
ところが或日のこと公爵は我輩の煙草をつけてくれる積りで卓上のマッチを取ったが、明けて見るとからさ。君、何うしたと思う?
社長秘書 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ストーロナの谷間から摘んで来たカーネイシヨンであつたら、店中の踊り子に盃を持たせて「ブランブシウムの花鬘」をからにしてやる。」
山彦の街 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
續いて藝者のおりんとお袖、おつたは呑む眞似だけ。大方からつぽになつた徳利は、杯を添へてとものお燗番かんばんのところに返されました。
そのあとより続いて出てお出でなさるはいずれも胡麻塩ごましお頭、弓と曲げても張の弱い腰に無残やから弁当を振垂ぶらさげてヨタヨタものでお帰りなさる。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
近頃二人の男の間に挟まり、毎日続く焦慮にすっかり気持ちの制禦を失って居た彼女は、から元気さえもう長く張りつめて居られなかった。
決闘場 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
えいちゃんは、どうしようかとかんがえましたが、とうとう、財布さいふからっぽにして、大事だいじな一せん銅貨どうかをやってしまいました。そのとき
一銭銅貨 (新字新仮名) / 小川未明(著)
一本の徳利はとうにからになってしまったが、誰も換えに来る者もなかった。半七はたまりかねて手を鳴らしたが、誰も返事をしなかった。
半七捕物帳:64 廻り灯籠 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「ちょっと待ってください。何だかからのトランクを担いでいられるように見えますね。どれ、ちょっと持たせてみせてください」
お前は、気前よくお前の抽斗ひきだしけながら、こう言った、「さ、持って行きたまえ」。ところが、お前はびっくりした。抽斗はからだった。
その他にもトルストイなど少し讀んだが、僕にはどうもぴつたりしないので、記憶に殘るといふほどでもなく、から讀にして通つてしまつた。
今はからの丼や小皿をも片づけ終り、今日一日の仕事もやつとしまつたといふ風で、耳朶にはさんだ巻煙草の吸さしを取つて火をつけながら
勲章 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
十九日の朝から国道第一号や板橋街道や五日市街道を、からの陸軍の大型トラックがひっきりなしに出て行くのが注意をひいた。
だいこん (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
からながら持ち行くに困苦を極む、いわんや水を満たしては持ち帰るべき見込みなし、因って一計を案じ、泉の周囲を掘り廻る。
それから鳥のあとから急いで家に入って——その鳥は綺麗な雄鳥であった——造作なくそれを捕えて、からの米櫃の中に入れて蓋をしておいた。
雉子のはなし (新字新仮名) / 小泉八雲(著)
夜は戸をめて灯の色が暖く、人けも多くなるので、何か拠りどころが有るような気がするが、昼間吹くからッ風は明るいだけに妙に頼りなく
彼れ其実は全く嗅煙草を嫌えるもからの箱をたずさり、喜びにも悲みにも其心の動くたびわが顔色を悟られまじとて煙草をぐにまぎらせるなり
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
と、——見るうちに、からな二輪馬車が、手綱を引きずりながら、カーブを曲ってガタガタと音させながら、私たちの方に駈けて来るのであった。
ガツガツと食う形の癖に、不味まずそうな、食欲がないので、無理やり食っているといった感じを一方で出していた。たちまち茶碗をからにすると
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
夜になったら泊まり客があるかもしれないと女中のいった五つの部屋へやはやはりからのままで、日がとっぷりと暮れてしまった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
(小型グラスをすかして見て)おや、からだ、誰かもう飲んじまった。(ヤーシャ咳払せきばらいをする)がぶ飲みとはこのことだ……
桜の園 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
最初のうちは、頭がからっぽになって、何一つ考えられなかった。真黒な壁にぶつかってつぶされかかってるかのようだった。
右の推測をなお確かならしむることには、ボタンをはめてる男は川岸通りを通りかかったから辻馬車つじばしゃみぎわから見つけて、御者に合い図をした。
その猪口がからになると、客はかさず露柴の猪口へ客自身の罎の酒をついだ。それから側目はためには可笑おかしいほど、露柴の機嫌きげんうかがい出した。………
魚河岸 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
津島はれいの、「苦労を忘れさせるような」にこにこ顔で答え、机の上を綺麗きれいに片づけ、からのお弁当箱を持って立ち上る。
家庭の幸福 (新字新仮名) / 太宰治(著)
丸屋の息子はから負梯子しよひこを擔つて、對岸から戻つて來る。私達は其れに別れて丸木橋を渡り、右岸の林道を進む事になる。
黒岩山を探る (旧字旧仮名) / 沼井鉄太郎(著)
からの胃袋は痙攣けいれんを起したように引締って、臓腑ぞうふ顛倒ひッくりかえるような苦しみ。臭い腐敗した空気が意地悪くむんむッと煽付あおりつける。
押入れのからっぽの空想的作家こそ自ら死の道を行くものである。それはいつの時代にあっても永久に変らない一事である。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
すあと、注すあと、割醤油わりしたはもうからで、ねぎがじりじり焦げつくのに、白滝しらたきは水気を去らず、生豆府なまどうふ堤防どてを築き、きょなって湯至るの観がある。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まるっきり今日はあぶれちまって、からいて帰るかと思っていた処で、何うか幾許いくら待っても宜しゅうございます、閑でげすから、お合乗あいのりでへい
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ところで今夜は暴風雨しけではあり、それにもう仕事を止める頃じゃ。で、今こっちへ近寄って来る幾個いくつかの籠はみなからじゃ。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
墓のなかには偶然に油のいっぱい入ったランプが残されてあったが、それはからになっていた。だがそれは蒸発してなくなったのだったかもしれぬ。
ぎがてにあいちやんは、たなひとつから一かめ取下とりおろしました、それには『橙糖菓オレンジたうくわ』と貼紙はりがみしてありましたが、からだつたのでおほいに失望しつばうしました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
着物を完全に着てしまうと、ウィレムのすぐ前を通って、からの隣室を抜け、次の部屋に行かねばならなかった。扉は両側ともすでに開かれていた。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
相模湾さがみわんべりの海岸の中央部に位置する漁師町からの、毎日往復五時間弱を要する通学に——また、そんなぼくが、日々からっぽの貨物列車みたいな
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
そのそば半襦袢はんじゅばん毛脛けずねの男たちが、養蚕ようさん用の円座えんざをさっさっと水に浸して勢いよく洗い立てる。からの高瀬舟が二、三ぞう
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
「ただいまも、その通りでござります。それ故に島田は奥行が知れぬと申す者もござります、剣術ばかりで、頭はからじゃと申す者もございまする」
彼らは、その労働を終えた時、帰って行く、から荷車の上へよじ登るのが困難なくらいに、からだがかたくなっているのだ。彼らの一人ひとりは言っていた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
火だねをとるので、幾度も長火鉢の火つぼをからにつめたくしては、そのつめたい中に、火をいけると、そのいけた火は、また存外早くたってしまう。
女中訓 (新字新仮名) / 羽仁もと子(著)