破片かけら)” の例文
猩々はまた黙つて小娘のお喋舌しやべりに耳を傾けてゐたが、暫くすると、娘をいたはるやうに手に持つた食物たべもの破片かけらをそつと呉れてやつた。
しかし、何んといろいろな精神の破片かけらを自分は袋へ入れて来たものだろう。これから日本へ帰ってゆっくり一つ一つずつ検べるのだ。——
旅愁 (新字新仮名) / 横光利一(著)
玉川砂利に古金物か、——どこかの石置場か、普請場ふしんばへ行けば手に入るだろう。金物も古釘と鍋の破片かけらと選り分けてあるところを
いきなり中有にほうり出された完全體の破片かけら——つまりなんともたとえようもない、何かしら奇態な代物にすぎないのである。
瀬戸物の破片かけらだろうが、何でもかまわす自分の家へ持って帰っては、チチコフが部屋の隅に見つけた例のがらくたの山へ投げこむのである。
空には、一めんに、壜の破片かけらが散らばつてゐる。そいつがきらきら光つてゐる。どうも、頭の上へ落つこちて來さうで、あぶなくつていけない。
絵はがき (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
火鉢の抽斗ひきだしからようやく蚊遣香の破片かけらを見出した時、二人は思わず安心したように顔を見合せたので、わたくしは之を機会に
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
コップは石畳たたきに砕け、細片はギラギラと鋭角的な光を投げて転がった。……ころんころんころんと部屋の隅まで転がって行く破片かけらのシツッコさ……
古傷 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
私は又も狐につままれたようになった。どこかに鏡はないか知らんと、キョロキョロそこいらを見まわしたが、生憎あいにく破片かけららしいものすら見当らぬ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
また掘りあげた沙や砕いた礁の破片かけらは陸へ運んでいたが、それが堰堤の上にありが物を運ぶように群れ続いていた。
海神に祈る (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「水車場の土手にはガラスびん破片かけらが星のようにきらめき、犬だか狼だかの真黒まっくろな影が転がるようにけ抜けた」
チェーホフの短篇に就いて (新字新仮名) / 神西清(著)
ザクザクとギヤマンの破片かけらを踏んで、わくだけになった鏡の口へ寄ってゆくと、いよいよ濃い煙が巻き揚ってくる。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この美しさに較ぶれば、ただ白いばかりで肌膚きめの粗い生毛うぶげの生えた西洋の女の皮膚なぞというものは、味も素っ気もない瀬戸物の破片かけらみたいな気持がした。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
パンの破片かけら紙屑かみくづうしほねなど、さうしてさむさふるへながら、猶太語エヴレイごで、早言はやことうたふやうにしやべす、大方おほかた開店かいてんでも氣取きどりなにかを吹聽ふいちやうしてゐるのでらう。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
町をひたす切な若々しい色彩の氾濫も、引潮の夜、思いがけぬ屋根の下でそれ等千代紙の破片かけらがもみくしゃになることも。——其故、新聞は広告をかかげる。
町の展望 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「あんたの四歳よつつの時に死んだお父つあんはなア、……」と、母が泣き顏をして言ひかけては、後を止めてしまつた言葉の破片かけらが殘りなく拾はれたやうな氣がした。
石川五右衛門の生立 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
コン吉が恐る恐る暗いあなの中を覗いてみると、はるか七八尺も底の方に、硝子ガラス破片かけらのように尖ったものすごい塊炭が、ぞろりの牙をむいているのが見えたから
それを彼は四方の壁や、剥げ落ちた漆喰しっくいや、庭に転がっている煉瓦れんが陶瓦タイル破片かけらの上に読んだのだ。家屋と庭園の一切の歴史は、それらのものの上に記されていた。
その間に例によって宝物を拝観したが、此処のは蛇身鳥じゃしんちょうの牙だの石や鐘の破片かけらだので古道具とまでも行っていない。品が粗末なだけに縁先のござの上に列べてあった。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
冷え冷えとした匂いのする店の間へきて小さな槌を取り上げると次郎吉は、土間にころがっている手ごろな石の破片かけらを膝に、カチカチカチンとでたらめに刻みだした。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
「何? 氷山だって! 有難い。おい、給仕スチュワート、一っ破片かけらぶっかいて来て呉れ。此酒こいつへ入れるんだ」
運命のSOS (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
這うようになおも辺りを見れば、飯粒の乾枯ひからびたの、鰹節の破片かけらなどが、染甕の内外に、些少すこしだが散らばっている。釘抜藤吉、突然上を向いて狂人のように笑い出した。と
攻めることはできるが、取ることはできねえ、びん破片かけらが立ってる壁越しに林檎りんごを盗んだことがあるか。国民兵が防寨に上ろうとすりゃあ、ガラス戸で足のうらを切っちまわあ。
「誠に残念でござりますな。破片かけらを拾って持ちかえり組み立てることはなりますまいかな」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
其處らには赤くびたブリキのくわんのひしやげたのやら貧乏びんぼうとく利の底の拔けたのやら、またはボール箱の破れた切ツ端やら、ガラスの破片かけらやら、是れと目に付くほどの物はないが
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
天井からは漆喰の破片かけらが落ちて来て、その代りに下地の木片が見えるようになった。
青木に対する昔の好意が——自分の身を滅ぼすことをも辞さないほどの好意の破片かけらでもが、雄吉の心のうちに残っているとでも、青木は誤解しているのかも知れないと、雄吉は思った。
青木の出京 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
あぶがいるのでも蚊がいるのでもない。ただぴしりっぴしりっと無暗むやみに尾を振った。人が通りかかると、首を高く持ち上げて(ほほほ!)といなないた。あしを上げては石炭の破片かけらを踏みくだいた。
狂馬 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
ショールなんかにくるんで小箪笥こだんすのうしろに隠してあったのだ。もっともこれは破片かけらを一つだけ持って来たので、高さ一尺ばかりの石膏像のこわれたものが、すっくりそこにあったのだがね
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
どうするって。赤い金は赤い区域内だけで通用するようにする。白い金は白い区域内だけで使う事にする。もし領分外へ出ると、かわら破片かけら同様まるで幅がかないようにして、融通の制限を
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は店頭でパンをかじつたが、全然味がわからなかつた。自分の啜る茶の音のみ激しく耳につくのであつた。視線は落付を失つてゐた。彼はパンを噛るごとに、破片かけらをぽい/\吐きだしてゐた。
(新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
あしもとのかわら破片かけらひろげると、ちからいっぱい大空おおぞらかってげました。
とびよ鳴け (新字新仮名) / 小川未明(著)
溝々は水嵩をまして氷の破片かけらは音をたてながら流れた。シャベルで水っぽい雪を掘ると青い蕗の芽が雪にまじって散った。陽当りの好い塀の下には黒い土が見え出した。橇はもう小屋にしまわれた。
凍雲 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
そしてまだ残されてゐる、ほんの一破片かけらでからうじて呼吸をしてゐる有様なのだ。私は肺病患者がどんな風にして死ぬかよく心得てゐる。ここへ来てからでも、もう幾つもさういふ死に方を見たのだ。
鬼神 (新字旧仮名) / 北条民雄(著)
熊岡警官が保管している「茶っぽい硝子ガラス破片かけらのようなもの」
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ややありて麪包パン破片かけらを手にも取り
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
美しい愛情あいじよう破片かけら
街:《或る友に》 (新字旧仮名) / 森川義信(著)
破片かけらにうつる
「学生警鐘」と風 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
玉川砂利に古金物か、——何處かの石置場か、普請場ふしんばへ行けば手に入るだらう。金物も古釘と鍋の破片かけらと選り分けてあるところを
重なり合い折れくちている雑草の上をすんだ空気が、飄々ひょうひょうと流れ、彷徨さまようのを鈍い目で追跡し、ヤッと手を伸ばせば、その朽草くちくさの下の、月の破片かけら
自殺 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
と、今まで明るい陽がさしていた空が不意に暗くなって、真黒な雲が渦巻のように舞いさがって来て、空中に浮んだ鉢の破片かけらを包んで空高くのぼって往った。
長者 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
パンの破片かけら紙屑かみくずうしほねなど、そうしてさむさふるえながら、猶太語エヴレイごで、早言はやことうたうようにしゃべす、大方おおかた開店かいてんでもした気取きどりなにかを吹聴ふいちょうしているのであろう。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
何事の起ったのかと種彦はふと心付けばわがたたずむ地の上は一面に踏砕ふみくだかれた水晶瑪瑙めのう琥珀こはく鶏血けいけつ孔雀石くじゃくせき珊瑚さんご鼈甲べっこうぎやまんびいどろなぞの破片かけらうずつくされている。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
失望がつかりした医者は、最後に小娘を連れて、黒猩々の檻の前に立つた。猩々は手に食物たべもの破片かけらを持つて、お婆さんのやうにとまの上に、ちよこなんと坐つてゐた。
ただし、儀作は、最初の場面に現われた時よりも一畝ひとうねほど余計に畠を作っているが、かたわらに居るせた少女も、その半分の処まで、枯れ枝や瓦の破片かけらを植えつけている。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
けれど水はよく澄んでいた、白い瀬戸物の破片かけらだの、俵だの、傘の骨などはよく見える。
魚紋 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼の目は十一、二歩前のところに据えられて、草の中に落ちている青い陶器の古い破片かけらの形を注意深く見きわめているようだった。と突然彼は身震いをした。夕の冷気を感じたのだった。
夏も七月の暑い日盛ひざかりに開けはなった窓の前で、年とった女中頭が真白に輝いている精製糖せいせいとうの棒を打ち砕いて、キラキラする破片かけらにしているとき、その上をまいまい飛び回っている蠅のようだ。
それは硝子の破片かけらのやうに光つて見えた。小さな眞白な雲が、たくさん、汽船のマストを中心にして塊まり合つてゐる。その中でゆるやかに動きつつあるものは、いづれも魚に似た形をしてゐる。
風景 (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
木乃伊の破片かけらを手に入れて、その粉末を博士の室へ、こっそりき散らせて置かせたり、お前方東洋の日本の港で、うまい仕事をやった時、何かの用に立つだろうと、買って持っていた竹紙ちくしという紙へ
木乃伊の耳飾 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)