あかり)” の例文
旧字:
お吉の指す方、ドブ板の上には、向う側の家の戸口から射すあかりを浴びて、あけに染んだ、もう一人の娘が倒れてゐるではありませんか。
ジョバンニは、せわしくいろいろのことを考えながら、さまざまのあかりや木のえだで、すっかりきれいにかざられた街を通って行きました。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
母は床に這入つてもちやんと目を開けてゞもゐるやうに、呼ぶと直ぐに目をさまして枕許の蝋燭にあかりをともして用事を聞くのである。
赤い鳥 (旧字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
城址しろあとの森が黒く見える。沼がところどころ闇の夜の星に光った。あしがまがガサガサと夜風に動く。町のあかりがそこにもここにも見える。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
気が付いた時は、真蒼まっさおな何かのあかりで、がっくりとなって、人に抱えられてる、あの人の姿を一目見たんだがね、きものを脱がしてあった。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
町の家々も、一軒ずつ、あかりを消す。静かになった夜の空気を、病院から、聞えて来る重病人の陰鬱な呻き声だけが、かすかに、破る。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
どこでもすきな部屋へはいって、有合せのものを着てやすむがよい。ただ、あかりや火の気は禁物、用がすんだらすぐ消しておくことだぞ
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
燈影ほかげの見えない二階家にかいやが立ちつづいていて、その下六尺ばかり、通路になった処に、「ぬけられます。」と横に書いたあかりが出してある。
寺じまの記 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
直ぐあかりをつけたが、下のスウィッチははずれていた。いくら其の悪人が器用でも、電気なしで、あのクレーンは動かせないだろうぜ
夜泣き鉄骨 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あかりあかるき無料むりょう官宅かんたくに、奴婢ぬひをさえ使つかってんで、そのうえ仕事しごと自分じぶんおもうまま、してもしないでもんでいると位置いち
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
街のあかりに薄く紅紅あかあかと映えてゐる潤んだ夜空に眺め入り、又その奥に何か震へる明日の心を探しはじめる、今日もおわれり、と思ひながら……。
海の霧 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
『どうぞお静かに、騒がないで下さい‥‥大丈夫です。今あかりをつけます。スイッチがここにあるんですから‥‥この隅に‥‥』
細君の帰って来たのは、彼が夕飯ゆうめしを済ましてまた書斎へ引き取ったあとなので、もうあかりいてから一、二時間経っていた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「行きましょう! ナスターシャ! 大急ぎで上って行って、病人の傍についててくれ、あかりを持ってだよ。僕は十五分たったら帰ってくる……」
半「小兼、手前てめえも縛るがちっと了簡がある、さア蝋燭があるから手燭をとって本堂へあかりを持って来い、やい坊主、さア来い」
昼の間はあかりをつけることが出来ないからこの岬をまわる船のために、霧笛を鳴して海路の地理を示していたのであった。
おさなき灯台守 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
「まあ暗い、まだおあかりも差し上げなかったのでございますね。まだお暑苦しいのに早くお格子を下ろしてしまって暗闇くらやみに迷うではありませんかね」
源氏物語:52 東屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ラジオの流れだす低い二階の窓を見上げたら、あかりをつけない窓から半身のり出させて、若い男と女とが通りを見ていた。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
天王寺てんのうじ別当べっとう道命阿闍梨どうみょうあざりは、ひとりそっと床をぬけ出すと、経机きょうづくえの前へにじりよって、その上に乗っている法華経ほけきょう八のまきあかりの下に繰りひろげた。
道祖問答 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
大きく一廻りすると、滑走路のあかりが二列に並んで近々と見え、やがて機は正確な着陸をした。午前零時三十分である。
アラスカ通信 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
肉親のない今松にとってはほんとうにお艶ばかりが、闇夜を照らす燈台のあかりだった、その灯がだしぬけに今、ふッと掻き消されてゆくとしたら——。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
用事に暇どつた為めに、あかりがついてから程たつて鶴吉は帰つて来た。店には電灯がかん/\照つて居るが、茶の間はその光だけで間に合はして居た。
お末の死 (新字旧仮名) / 有島武郎(著)
蕭条たる十一月の浜べには人影一つなく、黒い上げ汐の上をペラペラとなで来る冷風のみがあかりをつけた幾十の苫舟とまぶねをおもちゃのように翻弄ほんろうしていた。
彼は安岡が依然のままの寝息で眠りこけているのを見すますと、こんどは風のように帰ってきて、スイッチをひねらないで電球をねじってあかりを消した。
死屍を食う男 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
定らぬ燭のあかりに、送る主の影も、送られる客の影もゆらぐ。そういう夜気の中にただよう梅がを感ずるのは、電燈世界にはあるまじきほのかな趣である。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
雪催ゆきもよいのくもったそらに、教会堂きょうかいどうのとがった三角形かくけい屋根やねは、くろえがされていました。そして、かたわらのちいさなうちから、ちらちらとあかりがもれていました。
青い星の国へ (新字新仮名) / 小川未明(著)
もとよりあかりのある場合ではない。頭はあげても顔見合すこともできず、ただ手をとり合うているばかりである。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
その下に見える釣橋つりばしが戻り橋だ。川向から聞える朝々の鶏の鳴声、毎晩農村にあかりの色、種々いろいろ思いやられる。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
うかゞふにあかりの氣も見えず能々よく/\見るに表の戸に貸店かしだないふ紙札かみふだ貼付はりつけある故是は門違かどちがひせしかと四邊あたり見廻みまはすに間違ひにもあらず吾助は何分不審ふしんはれねば直樣すぐさま家主方を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
部屋の中から射すあかりで、そこらはぼうッと明るく、廊下の先は、夏の夜ながらうそ寒い半暗はんあんに沈んでいるのだ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ついさつきのまゆみの下あたりに来る頃には、麓の板橋から早川の漁村へかけて、あかりがちかちかと輝き出す。沖のぶり船にも灯が点る。かうして目が喜ぶ、目が喜ぶ。
蜜柑山散策 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
赤いあかりが丘の間から囁きかはす。野菜畑が香気を吐く。おおさうして昼も白い月が幽かに残り、百姓の豊かな挨拶があちこちできこえ、朝もいよいよ涼しくなる。
愛の詩集:03 愛の詩集 (新字旧仮名) / 室生犀星(著)
お月様。街のあかりはどうしてあんなに赤くてきれいなんでせうね。うちにはみんな窓がついて、きれいだなあ。おや、あのうちの窓からかわいゝ女の子が、お月様とぼくとを
十五夜のお月様 (新字旧仮名) / 村山籌子(著)
雛段ひなだんはまえの半分にも足りないほど小さく、雛の数も少なかった。七重は段の上の雪洞ぼんぼりあかりをいれながら、「たいていな雛や道具はめいのたみにやってしまったのだ」
艶書 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その時、あたりはもうすっかりやみに包まれていましたが、紳士はあかりけようともしませんでした。
メデューサの首 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
尤も梅玉は石燈籠の灯を、いつまでも点燈ともしあかしにするやうな贅沢な真似はしない。いゝ加減見て娯しむと、自分からつて往つて、ふつとあかりを吹き消してしまふ。
伊沢が庭から見あげたのは、つまりはこのあかりなのだが、そんなことはともかく、この部屋全体がいかにも拵えすぎた感じで、舞台装置の中にでもいるような思いがした。
雪間 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
しかしながら風が少しも吹かず、一体に空気が湿つぽく落着いて居て、夕方からのち、街にあかりくと、霧をとほす温かい脂色やにいろの光がすべての物に陽気なしか奥深おくぶかい陰影を与へ
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
嫂を送り出して、奥へ入って来ると、まだあかりかぬ部屋には夕方の色が漂うていた。お作は台所の入口の柱にりかかって、何を思うともなく、物思いに沈んでいた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「やっぱり猿よ。きっと東印度水夫ラスカアの屋根裏から這出はいだして、このあかりにひかれてここへ来たのよ。」
「おはいんなさい。」と、窓にまたたいているあかりが言いました。「おへやの中はあったかよ。」
金のくびかざり (新字新仮名) / 小野浩(著)
その明滅するあかりの下で、鮨詰めの善男善女達が、襲いかかる睡魔を避けようためにか、蚊の唸るような声をあげて、必死とナンミョウホウレンゲキョウを唱えつづけました。
暑いといっても九月の中旬なかば故、大通りをはずれたそのあたりは、宵にみえるあかりの数さえめっきり減ったが、今夜はしかし観音さまの命日なので、半分だけ戸を入れた暗い軒に
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
三間ばかり前のその煙草屋の二階の窓には、その時はまだ前と同じように静かにあかりがともっていたのだが、やがてその部屋の中に人の気配がすると、窓硝子ガラスへ人影がうつった。
銀座幽霊 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
私が馬車道へ急いで下りてゆく時に、齒がガタ/\と鳴つた。門番の小屋にはあかりがあつた。私達が門番小屋につくと、門番のお内儀かみさんは丁度火をおこしかけてゐるところだつた。
読みさしの本をわきに置いて何か考えていると、思わずつい、うとうととする拍子に夢とも、うつつともなく、鬼気きき人に迫るものがあって、カンカン明るくけておいた筈の洋燈ランプあかり
女の膝 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
随分とみごとに面の数々がそちこちの家毎に行渡つたもので、家々の前に差かゝる度に振返つて見ると、夕餉の食卓を囲んだあかりの下で、面を弄んでゐる光景が続けさまに窺はれた。
鬼涙村 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
しかし戸のすき間からのぞいて見ると、中にちらちらとあかりが見え、何やらお経のやうな文句をわめくやうに唱へてゐる声がしてゐましたので、鳥右さんがゐることはわかりました。
鳥右ヱ門諸国をめぐる (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
……といって閨房けいぼうあかりらしい艶媚なまめかしさも、ほのめいていない……夢のように淡い、処女のように人なつかしげな、桃色のマン丸い光明こうみょうが、巨大おおきな山脈の一端はならしい黒い山影の中腹に
白菊 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
下からスーと出たかと思うと、それが燈心とうしんあかりが薄赤く店の方の、つまり私のていた、蒲団のすその方へ、流れ込んで映っている、ここに三尺ばかりいてる障子のところを通って
子供の霊 (新字新仮名) / 岡崎雪声(著)