時鳥ほととぎす)” の例文
時鳥ほととぎす啼くや五尺の菖蒲あやめ草を一杯に刺繍ぬいとった振り袖に夜目にもしるき錦の帯をふっくりと結んだその姿は、気高く美しくろうたけて見える。
紅白縮緬組 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
空模様が少しよくなって夕焼がした。夜になると夜鷹が近くで喧しい程鳴き立てる。時鳥ほととぎすと同じ鳴声であるが、調子が高くって鋭い。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
窓の外は初夏の薫風が渡って、月も多摩の森に延々と昇った様子、こんな晩、よく此辺には、時鳥ほととぎすが鳴いて過ぎることさえあるのです。
法悦クラブ (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
雨夜あまよの月に時鳥ほととぎす時雨しぐれに散る秋のの葉、落花の風にかすれ行く鐘の、行き暮るる山路やまじの雪、およそ果敢はかなく頼りなく望みなく
浮世絵の鑑賞 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
花ならば梅桜あやめに菊、鳥獣ならうぐいす時鳥ほととぎすいのししに鹿、まるで近頃の骨牌かるたの絵模様が、日本の自然文学の目録であったというも誇張でない。
吊された線の枝々えだえだ。うめもどきの赤い実がたくさんなっている枝の間から、十字架像と、時鳥ほととぎすの形をした置時計がのぞいています。
が、男は、物々しい殿中の騒ぎを、茫然と眺めるばかりで、更に答えらしい答えをしない。偶々たまたま口を開けば、ただ時鳥ほととぎすの事を云う。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
宿の夜明け方に時鳥ほととぎすを聞いた。紛れもないほととぎすである。郷里高知の大高坂城おおたかさかじょうの空を鳴いて通るあのほととぎすに相違ない。
浅間山麓より (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
せめて五月にでもなったらと思って居りましたのに。——せっかく私のところへ来かかっているように見える時鳥ほととぎすも、あんまり不運な私を
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
平地のはての雜木山には絶えず時鳥ほととぎすが鳴いてゐた。目に見えて動くものはない。たゞ山の麓に水車が光つてゐたばかりだつた。
闇への書 (旧字旧仮名) / 梶井基次郎(著)
和談は成立、如水の労を徳として、氏直からは時鳥ほととぎすの琵琶といふ宝物などが届けられたが、一族率ゐて軍門に降つたのが七月六日であつた。
二流の人 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
霧の巻く朝夕は杉の香がつよく匂い、郭公かっこうや、時鳥ほととぎすや、筒鳥つつどりや、そのほかなにかの鳥が夜昼となく鳴いた。来る日も来る日も平穏であった。
似而非物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
画は、自慢で、かつて扇に、時鳥ほととぎすを画いたのを、長明ながあきら親王にさしあげた。親王が、なにげなく、扇を開かれると、かなめが、キキと鳴ったので
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
坐右ざゆうの柱に半折はんせつに何やら書いてってあるのを、からかいに来た友達が読んでみると、「今はしのぶおか時鳥ほととぎすいつか雲井のよそに名のらむ」
安井夫人 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
連歌師がその力を尽したるは主としてかすみ、雪、月、花、紅葉もみじ時鳥ほととぎす、等のありふれたる題目にして、その他の題目はその句極めて少きを見る。
古池の句の弁 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
時鳥ほととぎすの鳴く卯月うづきが来て、衣更ころもがえの肌は軽くなったが、お菊の心は少しも軽くならなかった。月が替ってから播磨は再び渋川の屋敷へ呼ばれた。
番町皿屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
もう此頃になると、山はいとわしいほど緑に埋れ、谷は深々と、繁りに隠されてしまう。郭公かっこうは早く鳴きらし、時鳥ほととぎすが替って、日も夜も鳴く。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
もみじのような手を胸に、弥生やよいの花も見ずに過ぎ、若葉の風のたよりにもの声にのみ耳を澄ませば、生憎あやにく待たぬ時鳥ほととぎす
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
呼子鳥は秘事中の大秘事で一通りは猴の事と伝えたが、あるいは時鳥ほととぎすとか鶏とか、甚だしきは神武天皇の御事だとか、紛々として帰著する所を知らなんだ。
其角の「それよりして夜明烏や時鳥ほととぎす」という句が『己が光』には「夜明の馬や」となっており、馬としても解釈出来ぬことはない、ということは已に述べた。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
それは、むかし鎌倉かまくら奥山おくやまでよくききれた時鳥ほととぎすこえ幾分いくぶんたところもありますが、しかしそれよりはもッとえて、にぎやかで、そして複雑こみいった音色ねいろでございます。
うぐいす時鳥ほととぎすの卵を育てゝえすというが、その事は彼等の世界には、何等の悲劇ももたらさないのだろうか。
バラに似た花の香りがして、時鳥ほととぎすのやうな鳥の声が聞えました。と、お城の広間の時計が、地の底まで沈むやうな深い音をたゝて、ヂーン/\と十一時を打ちました。
ラマ塔の秘密 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
人は時鳥ほととぎすがあたかも鳥自身に嫉妬や怨恨があって啼くもののようにいうが、それはつまり迷える人間が迷える心で他を推しはかったにすぎない。賤しい心で深遠な自然を
渡良瀬川 (新字新仮名) / 大鹿卓(著)
市川かほるは横浜仕立の役者と聞いたが、顔も姿も大柄で美しく、時鳥ほととぎすかたなどが艶であつた。
異版 浅草灯籠 (新字旧仮名) / 正岡容(著)
初夏の清涼な心持が句にみなぎっておる。こういう句を解する時分に、時鳥ほととぎすの大竹原を漏る、という風に解する人があるかも知れん。それは俳句の句法に慣れないためである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
「いにしへのこと語らへば時鳥ほととぎすいかに知りてか古声ふるごゑく」と言いたいような杜鵑ほととぎすが啼いた。
源氏物語:42 まぼろし (新字新仮名) / 紫式部(著)
宵からの酒宴が深更に及んだが、折柄、時鳥ほととぎすの鳴くのをお市の方聞いて
賤ヶ岳合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
例えば時鳥ほととぎす平安城を筋違すじかいにと云う俳句があります。平安城は器械的法則の平衡を保って存在しているのだから、そうむやみに崩れてはしまいません。それすら明治の今日には見る事ができません。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
くしこうがいも何処へやら」、「夏衣」、「初音はつね待たるる時鳥ほととぎす」、「ねやの戸叩く水鶏くいな」、「蚊屋の中」、「晴れて逢う夜」、「見返り柳」、などの刺激の強い表象が、春夏秋冬にはめて並べられている。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
五月の風に誘われて、時鳥ほととぎすが、時折、二声三声と鳴いて過ぎた。昔に変らぬ時鳥の鳴き声が、女院に華やかな宮廷生活を憶い出させたものであろう。すずりふたに、一首の歌を書き記されるのであった。
駒形は時鳥ほととぎすゆかりのあるところであるなと思ったことがあります。
夜は、関口せきぐちの方からほたるが飛んで来て、時鳥ほととぎすも鳴きすぎた。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
山彦のこたふる山の時鳥ほととぎすひと声なけばふた声ぞ聞く
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
「ありがた山の時鳥ほととぎす……。じゃ、お伴します」
顎十郎捕物帳:03 都鳥 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「その頃、山の麓に行っていると、夜は寝られないほど、騒がしいですよ。いろんな鳥が一時に鳴き出すもので……それに私の国では昼間鳴く鳥は少ないのですから。時鳥ほととぎすだとか、閑古鳥かっこうだとか、それからまだいろいろあります。」
北国の人 (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
時鳥ほととぎすが啼く
雨情民謡百篇 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
雨夜あまよの月に時鳥ほととぎす時雨しぐれに散る秋のの葉、落花の風にかすれ行く鐘の、行き暮るる山路やまじの雪、およそ果敢はかなく頼りなく望みなく
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
奥州南部領などでは、親不孝鳥というのが時鳥ほととぎすのことであるに反して、この地方の山村では、水恋鳥を親不孝鳥と呼んでいるのである。
久振りで夜明けに聞く時鳥ほととぎすの鳴く音は耳に快かった。毛勝けかち連山の上にぽっかり浮き上った白山を見付けて覚えず声を挙げる。
北岳と朝日岳 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
その証拠には、大目付の前へ出ても、修理は、時鳥ほととぎすがどうやら云うていたそうではないか。されば、時鳥じゃと思って、斬ったのかも知れぬ。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一、梅にうぐいす、柳に風、時鳥ほととぎすに月、名月に雲、名所には富士、嵐山あらしやま、吉野山、これらの趣向の陳腐なるは何人なんぴともこれを知る。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
時鳥ほととぎすの姿を見ようなら、声のした先へ眼をやらなければ見えないのに、お通さんのは、後へ後へと行っては、行きはぐれているように思えるが……
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
七月下旬に沓掛へ行ったときは時鳥ほととぎすが盛んに啼いたが、八月中旬に再び行ったときはもう時鳥を聴くことが出来なかった。すべては時の函数かんすうである。
KからQまで (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
町懐ろを彩どる稲荷のほこらも、若々しい青葉に包まれ、朝々には時鳥ほととぎすが、いらかの波の上を大川へそれて、町々に初鰹売りの声が、高々と響き渡るのでした。
鳴かずんば鳴かして見しょう、日中ひなか時鳥ほととぎすを聞くんだ、という触込ふれこみで、天王寺へ練込みましたさ、貴方。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
結局それは時鳥ほととぎすとおなじように、うぐいすの巣で育つということを確かめて、高い値を払ってその卵を手に入れたが、それをどうして育ててよいか見当がつかないので
慈悲心鳥 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
里でまだしも物思いの少なかった頃には、ついぞ二声と続けて聞いたことのないのをうらめしがった時鳥ほととぎすも、いまはすっかり私にも打ち解けて、殆ど絶え間もなしにいていた。
かげろうの日記 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
……辛夷が散り桃が咲き、やがて桜も葉に変る頃が来ると、高原はいっぺんに初夏の光と色とに包まれる、時鳥ほととぎす郭公かっこうの声が朝から森に木魂こだまし、谿谷けいこくの奥から野猿が下りて来る。
春いくたび (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
元日 門松 萬歳 カルタ 松の内 紅梅 春雨 彼岸 春の山 猫の恋 時鳥ほととぎす 牡丹ぼたん 清水 五月雨 富士もうで 七夕 秋風 目白 しいの実 秋の暮 時雨しぐれ 掛乞かけごい 牡蠣かき 枯尾花 鐘ゆる
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)