さとり)” の例文
わたくしやうなものには到底たうていさとりひらかれさうにりません」とおもめたやう宜道ぎだうつらまへてつた。それはかへ二三日にさんちまへことであつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
町内第一ちやうないだいいち古老こらうで、こんしろ浴衣ゆかた二枚にまいかさねた禪門ぜんもんかね禪機ぜんき居士こじだとふが、さとりひらいてもまよつても、みなみいて近火きんくわではたまらない。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
さとりは大道なり。まなびは迂路なり。まことや成心は悟の道の稻麻竹葦たうまちくゐにして、學の路の荊棘けいきよくなれば、誰かはこれを破り、これを除かむことを欲せざらむ。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
「求めざるものは得、欲するものは失ふ。」かうしたかれのさとりは、かれの日夜のぎやうと共に益々生気を帯びて来た。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
「どれ程俺があれに言って聞かせて、貴様は最早死んだ者だ、そう思って温順おとなしくしておれ、さとりを開いたような気分でおれッて、平常しょっちゅう言うんだが……それが彼には解らない」
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
りながら、一度人身を失へば萬劫還らずとかや、世を換へ生を移しても、生死妄念を離れざる身を思へば、さとりの日のおそかりしに心かれて、世は是れ迄とこそ思はれ候へ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
それでいつの間にかこの犬に対するさとりを開いたのです、犬がほえる彼れ始めは熱心でなくほえている、その機先をせいして、こちらから突然襲撃するのです、何空手くうしゅでもかまわないです
竹乃里人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
さては往来ゆききいとまなき目も皆ひかれて、この節季の修羅場しゆらばひとり天下てんかくらへるは、何者の暢気のんきか、自棄やけか、豪傑か、さとりか、酔生児のんだくれか、とあやしき姿を見てすぐる有れば、おもてを識らんとうかがふ有り
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
あやしさよとばかさとし燈下とうかうでみしが、ひろひきしは白絹しろぎぬ手巾はんけちにて、西行さいぎやう富士ふじけむりのうたつくろはねどもふでのあとごとにきたり、いよいよさとりめかしきをんな不思議ふしぎおもへば不思議ふしぎかぎりなく
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
見澄みすまし荷物又は懷中の金子等をうばとる護摩灰ごまのはひとかいふ盜人が道中筋には有と申すが貴樣も其樣なたぐひならんと正鵠ほしをさゝれて彼町人心の内に南無三寶彼奴きやつめ我等を護摩灰ごまのはひさとりしかと思ひ故意わざと言葉を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
無慙むざんにも色の褪せたふるいのと、今かいている新しいのと較べて見たい。もとたいへんむずかしいと思ったことが今でははっきりと分って来た。今まで思いも寄らなかったさとりがやって来た。実際今までは仕様のないぼんくらだったわい。」
さとりの道をまなびしが。
偏奇館吟草 (新字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
道のさとりや開くらむ
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
さとりうるべくおごそかに
全都覚醒賦 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「私のようなものにはとうていさとりは開かれそうに有りません」と思いつめたように宜道をつらまえて云った。それは帰る二三日にさんち前の事であった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
五年勤労にむくいるのに、何か記念の品をと望まれて、さとりも徳もなくていながら、ただ仏体を建てるのが、おもしろい、工合のいい感じがするで、石地蔵を願いました。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今更そんな下手な哲学者のさとりを開いたようなことが言えるかというはげしい父の言葉の末に、嫁にも行かないようなものは不具の外には無い、不具のようなものは養う義理も無い
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ところがその聡明霊利が悟道ごどうの邪魔になって、いつまでっても道に入れなかったと兄さんは語りました。さとりを知らない私にもこの意味はよく通じます。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いや、老人、胸が、むずがゆうて、ただ身体からだの震えまする外、ここに参ってからはまた格別一段の元気じゃ、身体からだは決してお案じ下さりょう事はない。かえって何かのさとり
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あとで考えたが鼠をる時は、こんな気分になれば訳はないのだ、たましいが両方の眼から飛び出しそうないきおいである。陰士の御蔭で二度とないさとりを開いたのは実にありがたい。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何の塔婆ぐらい。……犬に骨を食わせるもさとりだぜ。——また説いて聞かせよう。
露萩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それを好加減いゝかげん揣摩しまするくせがつくと、それがすわときさまたげになつて、自分じぶん以上いじやう境界きやうがい豫期よきしてたり、さとりけてたり、充分じゆうぶん突込つつこんでくべきところ頓挫とんざ出來できます。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
口惜くちおしや、われら、上根じょうこんならば、この、これなる烏瓜一顆ひとつ、ここに一目、令嬢おあねえさまを見ただけにて、秘事のさとりも開けましょうに、無念やな、おいまなこの涙に曇るばかりにて、心の霧が晴れませぬ。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼はさとりという美名にあざむかれて、彼の平生に似合わぬ冒険を試みようと企てたのである。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
三枚ばかり附木つけぎの表へ、(ひとくみ)も仮名で書き、(二せん)も仮名で記して、前に並べて、きざ柿の熟したのが、こつこつと揃ったような、昔はたにしが尼になる、これは紅茸べにたけさとりを開いて
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かれさとりといふ美名びめいあざむかれて、かれ平生へいぜい似合にあはぬ冒險ばうけんこゝろみやうとくはだてたのである。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
この人は全く胃が健康だから胃に拘泥こうでいする必要がない、必要がないから胃がどこにあっても構わないのと見える。自在飲じざいいん自在食じざいしょく、いっこう平気である。この男は胃においてさとりを開いたものである。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)