後影うしろかげ)” の例文
全身砂埃を浴びた彼の後影うしろかげが、刹那に高く大きくなり、その上けばくほど大きくなり、仰向いてようやく見えるくらいであった。
些細な事件 (新字新仮名) / 魯迅(著)
庭樹のしげりに隠れ行く篠田の後影うしろかげながめりたる渡辺老女のまぶたには、ポロリ一滴の露ぞコボれぬ「きツと、お暇乞いとまごひ御積おつもりなんでせう」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
僧はねんごろに道を教ふれば、横笛に嬉しく思ひ、禮もいそ/\別れ行く後影うしろかげ、鄙には見なれぬ緋の袴に、夜目にも輝く五柳の一重ひとへ
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
宗助は浴衣の後影うしろかげが、裏口へ出る所で消えてなくなるまでそこに立っていた。それから格子を開けた。玄関へは安井自身が現れた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ぱりお玉の方が別品だなと思うと同時に、心に愉快と満足とを覚えて、暫く足を橋の上にめて、芸者の後影うしろかげを見送った。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
移転いてんさわぎも一型ひとかたついて、日々の生活もほゞ軌道に入ったので、彼女は泣く/\東京に帰った。妻も後影うしろかげを見送って泣いた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
と丁寧にお武家が家内にも挨拶をして落着き払って、チャラリ/\雪駄せったを穿いて後影うしろかげを木戸の処を曲るまで見送って
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
互いにれしとも憐れとも思わぬようなり、紀州はそのまま行き過ぎて後振向きもせず、源叔父はその後影うしろかげかどをめぐりて見えずなるまで目送みおくりつ
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
女学生時代の自分の思い出の後影うしろかげうて、ウッカリ用もない学校の門の前まで来たり……まだ色々とあるだろう。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その後影うしろかげとほすばかりに目戍まもれる貫一は我を忘れてしばらたたずめり。両個ふたりはその心を測りかねて、ことばでず、息をさへ凝して、むなしく早瀬の音のかしましきを聴くのみなりけり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
乍併しかしながら自分が心から安心の出来ないのにどうして児供等を安心させることが出来よう。次へった三児の後影うしろかげ如何いかにも寂しかった。予は坐して居られない程胸に苦痛を覚えた。
大雨の前日 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
直ぐ近くの聖書学院の西洋人だろうと思ってると、丁度遊びに来ていた魔子も後影うしろかげを見ると周章あわてて垣根の外へ飛び出したが、すぐ戻って来て、「家のパパとママよ」といった。
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
枯木を杖にして道をたどっているのではあるまいか。そうして見れば人であろうか。それとも飢え衰えたけものであろうか。鶴見はその後影うしろかげを見送っている。それがだんだん小さくなる。
正太しようたくゞりをけて、ばあとひながらかほすに、ひとは二三げんさき軒下のきしたをたどりて、ぽつ/\と後影うしろかげれだれだ、おいお這入はいりよとこゑをかけて、美登利みどり足駄あしだつツかけばきに
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
見よ、サマリヤの婦人はゆびさし、基督は目して居玉ふなり。直ぐうしろなるエバルの山の山つゞきには、昔のスカル今のアスカルの三家村さんかそん山にりて白し。かめを忘れて婦人の急ぎ行く後影うしろかげを見よ。
取出し是はわづかながら兄よりの餞別せんべつなり二品を持て早々出立せよと云つゝ其儘そのまゝお花が部屋を立出ればお花は元より友次郎も夜着の中より喜内が後影うしろかげ伏拜ふしをがやがて兩人は支度をなし二包ふたつゝみの金と藥を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
大佐たいさ口吻くちぶりでは、もつと有力いうりよくなる發明はつめいであらうと、樣々さま/″\想像さうぞうえがいてうちに、つひ到着たうちやくしたのは、昨曉さくぎよう大佐たいさ後影うしろかげをチラリとみとめた灣中わんちう屏風岩べうぶいわへん此處こゝで、第一だいいち不思議ふしぎかんじたのは
どちら向いても野の中に唯一人取残されて、昨日きのふ迄の仲間が今日は散々ちり/″\になつて行く後影うしろかげを見送るでもなく、磨いたように光る線路を熟々つく/″\と眺めれば線路は遠く/\走つて何処いづくともなく消えて行く。
椋のミハイロ (新字旧仮名) / ボレスワフ・プルス(著)
宗助そうすけ浴衣ゆかた後影うしろかげが、裏口うらぐちところへてなくなるまで其處そこつてゐた。それから格子かうしけた。玄關げんくわんへは安井やすゐ自身じしんあらはれた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
重くもあろうが差してお呉れ、是と御主人のお形見天正助定を差してけば、舅と主人がお前の後影うしろかげに付添っているも同様、勇ましき働きをなさいまし
燭を運び來りし水干に緋の袴着けたるわらべ後影うしろかげ見送りて、小松殿は聲を忍ばせ、『時頼、近う寄れ、得難き折なれば、予が改めて其方そちに頼み置く事あり』
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
といいつつ椅子いすったので、一緒に席を離れて淋しい後影うしろかげを店先まで送り出した。
うたづる時、一隊の近衛騎兵このえきへい南頭みなみがしらに馬をはやめて、真一文字まいちもんじに行手を横断するに会ひければ、彼は鉄鞭てつべんてて、舞立つ砂煙すなけむりの中にさきがけの花をよそほへる健児の参差しんさとして推行おしゆ後影うしろかげをば
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
家康は六人の朝鮮人の後影うしろかげを見送って、すぐに左右をかえりみて言った。
佐橋甚五郎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
自分は元の座にすわって、ぼんやりその後影うしろかげを見送った。彼の姿が見えなくなってもやはりくうに同じ所を見つめていた。冷淡なのは看護婦であった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
誠に感心な事だと、年はまだ二十一歳でございますが、心ある娘で、多助の後影うしろかげをしみ/″\眺め、見惚みとれて居りますと、広間のわき土廂どびさしを深く取った六畳の小室こまがございます。
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
平八郎は瀬田に、かく人家に立ち寄つて保養して跡から来るが好いと云つて、無理に田圃道たんぼみちを百姓家のある方へ往かせた。其後影うしろかげを暫く見送つてゐた平八郎は、急に身を起して焚火を踏み消した。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
お延は自分の物色に満足な時間を与えずに走り去ったその後影うしろかげをしばらく見送ったあとで、通りを東側へ横切った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
後影うしろかげを起上りながら、長二が恨めしそうに見送って居りましたが、思わず跣足はだしで表へ駈出し、十間ばかり追掛おっかけて立止り、向うを見詰めて、何か考えながら後歩あとじさりして元のあがはなに戻り
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
三四郎は、しばらく先生の後影うしろかげを見送つてゐたが、あとから、くるまける人が、下足のふだを受け取る手間てましさうに、いそいで這入はいつてくのを見て、自分も足早あしばやに入場した。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
と云って出ますると、所謂いわゆる虫が知らせると云うのか、宗悦の後影うしろかげを見送ります。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
来ると突然いきなり病気で一言ひとことも物を云わずに帰って行く後影うしろかげを兼松が見送りまして
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
二人の間に感情の行違ゆきちがいでもある時は、これだけの会話すら交換されなかった。彼は島田の後影うしろかげを見送ったまま黙ってすぐ書斎へ入った。そこで書物も読まず筆も執らずただじっすわっていた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
後影うしろかげを見送って、あれは腸カタルに違いないと三四郎に教えてくれた。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
後影うしろかげ見送みおくつて、あれは腸加答児カタルに違ないと三四郎に教へて呉れた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
美禰子は礼を云つて其後影うしろかげを見送つた。二人ふたりは振りかへらなかつた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
小林は出て行く女伴の後影うしろかげを見送った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)