今宵こよい)” の例文
「もうそのほうたちも、今宵こよいから天下晴れて、女は女、男は男の勤めができるから、お湯なども人にかくれてはいるには及ばぬぞ」
どうしても今宵こよいを過ごさず能登守に向って、兵馬の身の上のお願いをしてみるほかはないと、心が少しいらだつようになりました。
一音ごとにはっきり聞き取られる位であった。多分今宵こよいの祭りの序開じょびらきの曲であろう。花やかな、晴がましい、金笛きんてきの響のようであった。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
「御両所ッ、今宵こよいのところは引きあげろ!」と、叫んだ後も目に手を当てて、虚無僧の入ってきた裏門から一散に外へ走りだした。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
『空林風葉』天和三年刻自悦撰、節分「鍋取飛んでほうろく豆踊る今宵こよいの天、流辺」、上に録したる句は老懸をいいしにはあらず。
仲店には、今宵こよいも涼みの人がにぎわい、町内のかどかどには縁台が出て、将棋、雑談、蚊やり——なつかしい江戸生活の一ページ。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その声は「声」と云うよりも、むしろ一層深い「沈黙」であって、今宵こよいのこの静けさを更に神秘にする情緒的な音楽である。………
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「いや、助けてくれいと言うのではない、この大谷千尋ほどの者がたくらんだ今宵こよいの襲撃をうして知ったか、それが聞き度い」
青い眼鏡 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
そして今宵こよいわたしの笛はその同じ水のうえにこだまを呼びさましているのである。わたしよりも年を経ている松はまだここに立っている。
今宵こよいは一つこれから酒でも飲んで陽気に騒ごうではないかと、下人の意地汚なさ、青砥が倹約のいましめも忘れて、いさみ立ち
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「そうそうその広海屋さんが、今宵こよい、大方、こっへこられたように聴いたので、来ましたが——そうか、やはりおいでなされたか——」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
許生員は今宵こよいもまたそれをほぐし出そうとするのである。趙先達は相棒になって以来、耳にたこの出来るほど聞かされている。
蕎麦の花の頃 (新字新仮名) / 李孝石(著)
部下一同は呆気あっけにとられたのだった。大江山課長は、今宵こよい三人の犠牲者を出したこの駅に、徹夜して頑張るのだろうと、誰もが思っていた。
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
貴殿が伊東頼母殿か、拙者は五味左門、巡り逢いたく思いながら、これまでは縁なくて逢いませなんだが、天運つたなからず今宵こよい逢い申したな。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
この商売がたきでもあり、親しい友だちでもある民間探偵から、事の仔細しさいを聞き取ると——彼は今宵こよいの明智の計画についてよく知っていたから
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
大昔その大神が、富士山のところへ来て一泊を求められたのに、今宵こよい新嘗にいなめの晩だから、知らぬ人などは内に入れられないと厳しく断った。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そうした夫人と、今宵こよい一夜を十分に、語ることが出来ると云うことは、彼にとってどれほどな、幸福とよろこびを意味しているか分らなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
まだ電燈のない時代で、瓦斯ガスも寺島村には引いてなかったが、わざわざランプをめて蝋燭にしたのは、今宵こよいの特別な趣向であったのだろう。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
だが、今宵こよいの闇の深さ、粘っこさ、それはなかなか自分の感じ捉えた死などいう潔く諦めよいものとは違っていて、不思議な力にちている。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
なにとぞ、お後より橘がまいるあいだしばしお待ちくださいますよう。必ず必ず神かけて今宵こよいのうちにでも参りとう存じます。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
この港は佐伯町さいきまちにふさわしかるべし。見たまうごとく家という家いくばくありや、人数ひとかずは二十にも足らざるべく、さみしさはいつも今宵こよいのごとし。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
さうして無口な子が時時ときどきこと交りに一つより知らぬ讃美歌の「夕日は隠れてみちは遥けし。我主わがしゆよ、今宵こよいも共にいまして、寂しきこの身をはぐくみ給へ。」
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
かように暗裏の鬼神を画き空中の楼閣を造るは平常の事であるが、ランプの火影に顔が現れたのは今宵こよいが始めてである。
ランプの影 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
われという可愛かわゆき者の前に夢の魔を置き、物の怪のたたりを据えてのおそれと苦しみである。今宵こよいの悩みはそれらにはあらず。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
けれど今宵こよいはなんだかその希望と野心の上に一つの新しい解決を得たように思われる。かれはとじの切れた藤村の「若菜集」を出してみふけった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
すべての情を汲み分けて我らの苦患くげんを救う主。今日君よりの賜物たまものを、今宵こよい我が家に持ち行きて、飢えたる婆を悦ばせん。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
今宵こよいは大宮に仮寝の夢を結ばんとおもえるに、路程みちのりはなお近からず、そらは雨降らんとし、足は疲れたれば、すすむるを幸に金沢橋のたもとより車に乗る。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
善事を行えば、又必ず報われることもございます。何卒、もう一度お考えになって、今宵こよいの死刑は思い止まって下さい
夕潮たゞ満ちに満ちて、今宵こよい宿らんもチユウゲンに、潮満ち来ればこゝをも過ぎじと、ある限り走りまどひ過ぎぬ。
間人考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
今宵こよいもまたしかならむ、と戸に耳を附けて聞くに、ただ寂然ひっそとしたれば、し、また抜足して二足三足ぞ退きたる。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
してみればいま眼前のこの静寂は、仮の宿りにほかならぬ。今宵こよいの雪の宿りもまた、所詮しょせんはわが一生の間にたまさかに恵まれる仮の宿りに過ぎないのだ。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
「お嬢さま、今宵こよい限りの下郎又平が、秘法伝授を受ける晴れの姿、どうぞあなたも御覧下さいませ、いざ——」
半化け又平 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
来月二十六夜ならば、このお光に疾翔大力しっしょうたいりきさまを拝み申すじゃなれど、今宵こよいとて又拝み申さぬことでない、みなの衆、ようくまごころを以てあおぎ奉るじゃ。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
今宵こよいは月が明るい。家の前の広場へ集った土人は二百人だ。海は静かで、そよそよとすずしい風が吹いて来る。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
椅子にちょこなんと腰かけて防寒靴をぬぎながら、伸子は、今宵こよいの出来ごとをかいつまんでノーソフに話した。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
一つこの家に今宵こよい一夜の宿をおうと思う心が動いた、その時前の山かその家の軒端かに静かに長く垂れている藤の花に目がとまった、というのであります。
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
「それはいけぬ。今宵こよいは、大分温かい、逆上のぼせられたのかも知れぬ。では、さ、あちらへ抜けてまいろう。少し夜気にでもお当りになったら、よろしかろう」
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
何かと云うと頭をるのが癖だった。毎度先生に招かるゝ彼等学生は、今宵こよいも蜜柑やケークの馳走になった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
勝手口に近い隣の置屋うちでは多勢の売女おんなが年の瀬に押し迫った今宵こよい一夜を世をてばちに大声をあげて
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
皺延しわのばしの太平楽、聞くに堪えぬというは平日の事、今宵こよいはちと情実わけが有るから、お勢は顔をしかめるはさて置き、昇の顔を横眼でみながら、追蒐おっか引蒐ひっかけて高笑い。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
月を見たり花を見たりすると一種のかんがえおこるものだから、自分も今宵こよい露に湿うるおった地に映る我影わがかげを見ながら、黙って歩いて来ると偶然故郷のことなどが、頭脳あたまに浮んだ
死神 (新字新仮名) / 岡崎雪声(著)
いえに帰らば今宵こよいもまた苦しみあかすべしと心に泣きつつも酒呑みてくらせし故腹のやまいはよく知りたり。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
今宵こよい始めて聞いた,娘は今度逗留中かねて世話をする人があッて、そのころわが郷里に滞在していた当国古河こがの城主土井大炊頭おおいのかみの藩士なにがしと、年ごろといい、家柄といい
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
国子当時蝉表せみおもて職中一の手利てききなりたりと風説あり今宵こよいは例より、酒うましとて母君大いによい給ひぬ。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
とかく、秋の天候は変化に富み、折角の一年の月が曇らされてしまう今宵こよいともなりがちだ。
そして、いまごろになると、うすあかいろどられたおきほうそらのぞんで、なんとなく、とおいところにあこがれたものだが、やはりあちらのそらは、今宵こよいうつくしくいろづくことであろう……。
二番めの娘 (新字新仮名) / 小川未明(著)
此方こなたは例の早四郎が待ちに待った今宵こよいと、人の寝静ねしずまるをうかごうてお竹の座敷へやって参り
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
実はわたし何某なにがしの娘で御座ございますが、今宵こよい折入って、御願おねがいに上った次第というのは、元来わたしはあの家の一粒種の娘であって、生前に於ても両親の寵愛も一方ひとかたでは御座ございませんでした
雪の透く袖 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
丸文まるぶんへと思いしが知らぬ家も興あるべしと停車場前の丸万と云うに入る。二階の一室狭けれども今宵こよいはゆるやかに寝るべしと思えば船中の窮屈さ蒸暑むしあつさにくらべて中々に心安かり。
東上記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
今御身が痍を見るに、時期ときおくれたればやや重けれど、今宵こよいうちには癒やして進ずべし。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)