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関平
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かんぺい
ふりがな文庫
“
関平
(
かんぺい
)” の例文
関羽は、嘆服して、退くと、養子の
関平
(
かんぺい
)
、腹心の周倉などを伴って、手勢五百余騎をひきい、まっしぐらに華容道へ馳せ向った。
三国志:08 望蜀の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
先陣は
廖化
(
りょうか
)
。その副将には
関平
(
かんぺい
)
。——参謀として馬良、
伊籍
(
いせき
)
。——留守の大将には誰々をと、その場で、各隊の部将や所属も任命された。
三国志:09 図南の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
巴丘
(
はきゅう
)
という所まで来ると、彼方に荊州の一軍が江頭の道を切りふさいだという。物見を放ってうかがわせると、関羽の養子
関平
(
かんぺい
)
と
劉封
(
りゅうほう
)
の二将が
三国志:08 望蜀の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
龐統を軍中の相談役とし、
関平
(
かんぺい
)
劉封
(
りゅうほう
)
も中軍にとどめ、黄忠と魏延とは、一を先鋒に、一を後備に分け、遠征軍の総数は精鋭五万とかぞえられた。
三国志:08 望蜀の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
また、
関平
(
かんぺい
)
と
劉封
(
りゅうほう
)
とは各五百人を率して、
硫黄
(
いおう
)
焔硝
(
えんしょう
)
をたずさえ、博望坡の両面より、火を放って敵を火中につつめ
三国志:07 赤壁の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
▼ もっと見る
関平
(
かんぺい
)
、
劉封
(
りゅうほう
)
の二人は、席を抜けて、外にいた三百余の関門兵を、遠くへ引退がらせてしまった。
三国志:09 図南の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
そして
関平
(
かんぺい
)
を荊州へ急がせ、一刻もはやく蜀に来れ、と孔明にあてた書簡を持たせてやった。
三国志:09 図南の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
やがて、またここへ、
趙雲
(
ちょううん
)
、
関平
(
かんぺい
)
、
劉封
(
りゅうほう
)
などの諸将も各〻の兵をまとめて集まった。
三国志:07 赤壁の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
兄は
関寧
(
かんねい
)
といって、儒学に長じ、弟のほうは
関平
(
かんぺい
)
とて、武芸に熱心な若者だった。
三国志:06 孔明の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
養子の
関平
(
かんぺい
)
や、部下
周倉
(
しゅうそう
)
をしたがえ、三百余騎で馳せ降ってきた。
三国志:06 孔明の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
関
常用漢字
小4
部首:⾨
14画
平
常用漢字
小3
部首:⼲
5画
“関”で始まる語句
関
関係
関聯
関羽
関守
関節
関白
関所
関宿
関繋