“稍(こずゑ)” の例文
春の頃野山の樹木(きゞ)の下枝(え)は雪にうづもれたるも稍(こずゑ)は雪の消(きえ)たるに、シガのつきたるは玉もて作りたる枝(えだ)のやうにて見事なるものなり。
これより他木さらになく、俗に唐松といふもの風にたけをのばさゞるが稍(こずゑ)は雪霜にや枯(から)されけん、低(ひく)き森をなしてこゝかしこにあり。
春の頃野山の樹木(きゞ)の下枝(え)は雪にうづもれたるも稍(こずゑ)は雪の消(きえ)たるに、シガのつきたるは玉もて作りたる枝(えだ)のやうにて見事なるものなり。
これより他木さらになく、俗に唐松といふもの風にたけをのばさゞるが稍(こずゑ)は雪霜にや枯(から)されけん、低(ひく)き森をなしてこゝかしこにあり。
俊頼朝臣(としよりあそん)に「降雪(ふるゆき)に谷(たに)の俤(おもかげ)うづもれて稍(こずゑ)ぞ冬の山路(やまぢ)なりける」これらは実(じつ)に越後の雪の真景(しんけい)なれども、此あそん越後にきたり玉ひしにはあらず、俗(ぞく)にいふ哥人(かじん)は居(ゐ)ながら名所(めいしよ)をしるなり。
俊頼朝臣(としよりあそん)に「降雪(ふるゆき)に谷(たに)の俤(おもかげ)うづもれて稍(こずゑ)ぞ冬の山路(やまぢ)なりける」これらは実(じつ)に越後の雪の真景(しんけい)なれども、此あそん越後にきたり玉ひしにはあらず、俗(ぞく)にいふ哥人(かじん)は居(ゐ)ながら名所(めいしよ)をしるなり。