硼酸ほうさん)” の例文
イエはそれに気づくと眉を顰め、一寸ちょっとお待ちなさいと云って階下へいったが、上ってきたのを見ると、硼酸ほうさん液と繃帯ほうたいを持っていた。
前途なお (新字新仮名) / 小山清(著)
お房の眼の上には、ひとみが疲れると言って、硼酸ほうさんに浸した白い布がかぶせてあった。時々痙攣の起る度に、呼吸は烈しく、胸は波うつように成った。頭も震えた。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
トラさんのことね、硼酸ほうさんをうすくといたもので洗えるといいそうですが。それに水が硬水ならば、湯ざましは軟水になっているから、ということを云っていた人がありました。
広い埃っぽい道路が白いコンクリートで固められてかえっていい位に考えていたし、硼酸ほうさんの結晶のようにきらきら輝いた雪の上に、雪下駄の鋭くきしむ音も案外快く耳に響いた。
雪の話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
その露路の奥のすすけた酒場では、彼の好む臓物が、鍋の中で泡を上げながら煮えていた。客のない酒場の主婦は豆ランプの傍で、硼酸ほうさんに浸したガーゼで眼を洗いながら雨の音を聞いていた。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
『何だかもう硼酸ほうさんで洗つたりする勇気もないわ。』
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
その中に一陣の風が来ると急に雪の形が変って、今度は極めて細い個々の結晶が硼酸ほうさんの結晶をまくように降って来る。何だか耳を澄ますと空でサラサラという音を立てているような感じである。
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)