やつ)” の例文
その余りにもやつれ果てた容貌、いたいたしいばかりに薄っぺらな胸板——彼は、一体どんな女に溺れてしまったであろうか……。
蝕眠譜 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
見ていると白石さんは日に日にやつれて、心の苦悶が顔にあらわれ、極度の神経衰弱に陥ってゆく様子にもう黙ってはいられなくなりました。
機密の魅惑 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
以前は商売人であったとかいって病身でひどくやつれていたが顔立ちはいい女だから、病気も直ったとみえて、私の知っている時分より若くなって綺麗きれいになっているの。
雪の日 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
或時はやや病が衰えて元気が回復したかのように、透徹すきとおるようなやつれた顔に薄紅の色がさして、それは実に驚くほどの美しさが現われることも有ったが、それはかえって病気の進むのであった。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
神樣かみさまがそれを御覧ごらんになりました。これは、なんといふやつれた寢顏ねがほだらう。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
すると綾さんは風呂敷包にした菓子箱を抱込むで毎日のやうに駄菓子を賣りに來た。頭髪は桃割に結ツて、姿の何處かにやつれた世帯の苦勞の影が見えたが、其でも尚だ邸町の娘の風はけなかツた。
昔の女 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
殊に智恵子は一ヶ月余り見ない間にすっかりやつれ果てて、物凄いように青ざめていました。私は中の話を聞こうとして硝子ガラスに耳をぴたりとつけて、きき耳を立てていました。
鉄の処女 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
十数年振りで会った彼女は、昔の面影もなく、痛々しくやつれて、この人も今に死んでしまうのではあるまいかと、ふとそんなことを思いながら、一通りの悔みを述べて後、来訪の用件を訊いてみた。
情鬼 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
新生寺さんはやつれた顔に、淋しい微笑を浮べて答えます。
むかでの跫音 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)