異体えたい)” の例文
もつと曖昧模糊たる異体えたいの知れぬ混沌状態に於てなりと、とにかく蕗子を他人の手をかりてまでも堕落せしめ、情痴の坩堝の中へ落し
雨宮紅庵 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
「何だい、これは、食物には違えねえが、異体えたいが知れねえ」
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
まるで僕には異体えたいの分らぬ何かを考へてゐるのぢやないかと思つてゐたのだがね、あのとき何を考へてゐるのか、教へて貰ふわけに行かないかね
戦争と一人の女 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
かと思ふと、ヂッとかう、人の気持を底の底まで見抜くやうな油断のならない目付をする。異体えたいの知れない奴である。
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
女から逃れたといふよりも、もつと大きな異体えたいの知れない圧迫に脅やかされて、夢中に逃げだしたといふ形だつた。
蒼茫夢 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
従而、その文章法なぞも、ひどくロヂカルにこねくり廻された言葉のあやに由つて、異体えたいの知れない混沌を捏ね出さうとするかのやうに見受けられる。
FARCE に就て (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
だが、こんな異体えたいの知れない言葉から意味ありげな何物かを探し出さうとする無役むえきなことは忘れることにしやう。
姦淫に寄す (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
異体えたいの知れないから天竺てんじくの神様でも、神様とあれば頭の一度や二度ぐらゐいつでも下げるに躊躇しない代りには、先祖代々の信心にもそれほど執着してゐない。
小説の面白さに就て書くのやら小説は面白くないに極つてゐるといふ異体えたいの知れない忿懣に就て感慨を洩して然るべきものであるやら、判読のつきやう筈のものではない。
無題 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
異体えたいの知れない不当な自卑にギュウギュウうなされてゐる日本人には、愛と憎悪の転換くらゐてんで目新らしいことでさへなく、自卑が一瞬にしてドンキホーテの夢となり
見てゐたらいきなり彼の二つの耳から白くモクモクと煙を吹き出し嵐のやうな劇しい思索に耽りはぢめたのであつた! 凡そ常連の一人として一列一体に異体えたいの知れた奴はない。
霓博士の廃頽 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
まるでわけが分らぬやうに相手の顔を見つめてゐた。刀は肩へ斬りこまれた。まるでびつくり飛び上るやうな異体えたいの知れない短い喚きが虚空へ消えた。斬られた肩を片手でおさへた。
道鏡 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
さうしてあいつはあの岩角にまたがり、異体えたいの知れぬ悦楽の亢奮に酔ひながら、石をだいて貴方の通るのを待ちかまえてゐたのです。殺意だとか罪悪だとかそんなものぢやないんです。
禅僧 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
そして旅籠はたごの夜ごとに、今日の損、昨日の大損、おととひの損、さきおととひの大損に悩んで、やうやく疲労困憊と諦らめがごつちやにまぢつて沈澱して異体えたいの知れないものになるとき
タツノのうしろには彼女の三人の朋輩が、一人はあくどい紫色の女持トランクをぶらさげ、あとの二人は異体えたいの知れない大包のみそれぞれ一端をつるしあげながら、からみあつてねり歩いてきた。
老嫗面 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
生きたい心の異体えたいの知れない阿呆らしさにうんざりする思ひであつた。
異体えたいの知れない他人同志が、今まで、何十年も、一緒にくらしてきてゐる——疑ふことのできない事実なのだ。さうして、いつか、自分といふ子供が生れ、これが又、子供とよばれる他人にすぎない。
波子 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
異体えたいの知れぬその影がまた私を悩ましはじめる。
をみな (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
要するに、母にも、異体えたいが知れないのである。
波子 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
異体えたいの知れない思ひである。