“沛(はい)” の例文
しかし沛(はい)国の劉(りゅう)という人とは親しい友達でありまして、その関係からわたくしはその劉家へ縁付(えんづ)くことになりました。
南京から出発して安徽(あんき)の寿州——江蘇の泗洲(ししう)——江蘇の沛(はい)県——山東の金郷——それから現在の泰安と、蒋介石の主力が一戦ごとに北上してゐる地図だ。
南京六月祭 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
また夏の六月には、魏王曹丕(そうひ)の巡遊が実現された。亡父曹操の郷里、沛(はい)の譙県(しょうけん)を訪れて、先祖の墳(はか)を祭らんと沙汰し、供には文武の百官を伴い、護衛には精兵三十万を従えた。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「高祖が沛(はい)の郷里にお帰りになった例もあるが、それでもこんなに盛んではなかったろう」
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)