氏勝うじかつ)” の例文
小田原北条の一族、左衛門太夫氏勝うじかつが八千余騎でここに陣取って足軽を駒飼まで進めたこと、これが近ごろの記録であるようじゃ
新蔵は、北条氏勝うじかつの子で、父の遺学を継いで、北条流の軍学を完成するために、勘兵衛の内弟子となって、少年の頃から、まきを割り水をになって、苦学して来た青年だった。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しばらくすると、小姓をれたあるじがそこへ現れた。新蔵の実父安房守氏勝うじかつである。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼の父は、北条流のながれを汲む三代目安房守氏勝うじかつであろう。そうすると、その母は、小田原の北条氏康のむすめである。人品のどこかに、下賤げせんでないものが、仄見ほのみえるのは、道理であった。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)