平田篤胤ひらたあつたね)” の例文
ここに立てる石碑のうちには、本居宣長もとおりのりながの「酒折宮寿詞さかおりのみやよごと」を平田篤胤ひらたあつたねの筆で書いたものと、甲州の勤王家山県大弐やまがただいにの撰した漢文の碑もある。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
君の生家の近くに平田篤胤ひらたあつたねの生家がありそうな気がするが、と一言くと、このときも「百メータ、」と明瞭めいりょうにすぐ答えた。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
平田篤胤ひらたあつたねは、人格下劣な大山師であつた。この大山師のインチキな思想によつて、維新の功臣たちが指導されたことは、正に日本国民の大なる禍であつた。
少なくとも平田篤胤ひらたあつたね翁などの暦法相違説、すなわち伊勢では建子の正月制を採用せられたので、嘗の期節が二月だけ早かったという意見は、耕作の実際とも合わず
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
あの本居宣長ののこした教えを祖述するばかりでなく、それを極端にまで持って行って、実行への道をあけたところに、日ごろ半蔵らが畏敬いけいする平田篤胤ひらたあつたねの不屈な気魄きはくがある。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
平田篤胤ひらたあつたね曰く
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
平田篤胤ひらたあつたねの俗神道大意に、真如しんによ無明むみやうハ生ズルトイフモイトイト心得ズ、真如ナラムニハ無明ハ生ズマジキコトナルニ、何ニシテ生ズルカ、其理コソ聞カマホシケレ……とあったのを覚えていますが
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)