左近将監さこんしょうげん)” の例文
直参大名とは譜代と同格の意味であって、明くる二年、従五位下の兵部少輔に任じ、同じ四年に立花たちばな左近将監さこんしょうげん忠茂ただしげの妹をめとった。
長崎円喜えんき、金沢ノ大夫たゆう宗顕そうけん佐介さかい前司ぜんじ宗直むねなお、小町の中務なかつかさ秋田あきたじょうすけ、越後守有時ありとき右馬うまかみ茂時しげとき相模さがみ高基たかもと刈田式部かったしきぶ、武蔵の左近将監さこんしょうげんなど、ひと目に余る。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
先の好雪どの(飛騨守ひだのかみ忠茂)の奥が故忠宗のむすめで、つまり当代の左近将監さこんしょうげんには実母に当るからだ、それにしても二十万石は多すぎるし、白石への十万石はまったくむだだ
しかも、主人の左近将監さこんしょうげんの眼には、涙がいッぱいに溜っていた。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
南の左近将監さこんしょうげん北条時益
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)