“左京太夫”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
さきやうたいふ33.3%
さきやうのたいふ33.3%
さきょうだゆう33.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
壁(かべ)に懸置(かけおき)最早手筈は宜と越前守簾(みす)の間へ來りて控居(ひかへゐ)る然る所へ伊豆守殿の使者(ししや)來り申述けるは今日伊豆守當御役宅(たうおやくたく)へ參りて元服(げんぷく)奉るべきの所今日佐竹左京太夫(さきやうたいふ)殿江戸着にて伊豆守上使(じやうし)に參り今日は御規式(おぎしき)の御間に合兼(あひかね)候由何共恐(おそ)れ入奉り候へ共明日巳の刻に越前役宅(やくたく)へ入せられ候樣願上奉ると有ければ越前守には
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
爰(こゝ)に寶永三年四月紀伊(きい)大納言光貞卿御大病(ごたいびやう)の處醫療(いれう)叶(かな)はず六十三歳にて逝去(せいきよ)まし/\ける此時松平主税頭(ちからのかみ)信房卿は御同家青山(あをやま)百人町なる松平左京太夫(さきやうのたいふ)の養子(やうし)となり青山の屋敷(やしき)に在(おは)せり扨(さて)また大納言光貞卿の惣領(そうりやう)綱教卿(つなのりきやう)は
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
どこへ行くのか知らん、机竜之助は七ツさがりの陽(ひ)を背に浴びて、神田の御成街道(おなりかいどう)を上野の方へと歩いて行きます。小笠原左京太夫(さきょうだゆう)の邸の角まで来ると
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)