城邑じょうゆう)” の例文
室羅伐スラヴァスチ城の大長者の妻がはらんだ日、形貌かお非常に光彩つやあり、産んだ女児がなかなかの美人で、生まるる日室内明照日光のごとく、したがって嘉声かせい城邑じょうゆうあまねかった。
惜イカナソノ子孫藩主ヲ輔翼スルニ道ヲ以テスルコト能ハズ。コレヲ不義ニ陥ラシム。名ハはずかしメラレ地ハ削ラレ、身モマタ城邑じょうゆうヲ失ヒ、笑ヲ四方ニ取レリ。何ゾソノ賢ト不肖トノ異レルヤ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
秀次の城邑じょうゆうとなり——関ヶ原の時にはしかじか、後、福島正則が封ぜられ、家康の第四子忠吉より義直に至って——この城を名古屋に移すまでの治乱興廃を考え、従って五条川がここを流れ
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)