久寿きゅうじゅ)” の例文
旧字:久壽
千載集せんざいしゅう』の神祇部じんぎぶに、久寿きゅうじゅ二年の大嘗会だいじょうえの風俗歌に、悠紀方ゆきがたとして詠進した歌は、近江おうみ木綿園ゆふぞのを地名として詠じている。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
康治こうじ二年に出家して寂超じゃくちょうといい、その次の兄頼業よりなり近衛このえ天皇の蔵人くろうどであったが、久寿きゅうじゅ二年、帝崩御のとき出家して寂然じゃくぜんといい、長兄は為業ためなりといって
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
顕輔は久寿きゅうじゅ二年に六十六歳で世を去り、子の清輔も父が『詞花集』を撰んだので、自分も『続詞花しょくしか和歌集』を撰んだほどの人だが、勅撰の仰せを蒙ることなくて、治承じしょう元年に七十四歳で世を去った。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)