“のりなが”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:ノリナガ
語句割合
宣長60.0%
義良40.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
二十三歳を迎えたころの彼は、言葉の世界に見つけた学問のよろこびを通して、賀茂(かもの)真淵(まぶち)、本居(もとおり)宣長(のりなが)、平田(ひらた)篤胤(あつたね)などの諸先輩がのこして置いて行った大きな仕事を想像するような若者であった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
おととし十六の秋に、奥州鎮定の大任を負い、幼い義良(のりなが)親王を上に、父の親房や結城(ゆうき)宗広を後見として、この地へくだって来ていたのである。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
成良(しげなが)親王(義良(のりなが)の兄)を、関東の管領(かんりょう)とし、足利直義(ただよし)朝臣(あそん)を相模守に任じ、その補佐とする——
その顕家も、まだどこやらあどけない少年将軍の眉だったが、べつな輿(こし)へ乗って、軍士の群れに舁(か)かれて行った後醍醐の第八皇子(母は准后(じゅんごう)廉子(やすこ))——義良(のりなが)親王は、わずか六歳の幼少だった。