たか)” の例文
転がつた無頼漢ならずものは、埃のなかで蛙のやうに手足をばたばたさせながらわめいた。附近あたりには同じやうな無気味のてあひがぞろぞろたかつて来た。
なんにもならないで、ばたりと力なく墓石から下りて、腕をこまぬき、差俯向さしうつむいて、じっとして立って居ると、しっきりなしに蚊がたかる。
星あかり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして二まい大畫たいぐわ今日けふ所謂いはゆ大作たいさく)がならべてかゝげてあるまへもつと見物人けんぶつにんたかつてる二まい大畫たいぐわはずとも志村しむらさく自分じぶんさく
画の悲み (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
えつやの髪にしらみがいっぱいたかっていたことを、母が呆れたように云っていたのを覚えている。家の玄関には大きな姿見が置いてあった。
生い立ちの記 (新字新仮名) / 小山清(著)
線路の上に五六人、たかって何やら見ていた。見ているのではない。取片附とりかたづけていた。雪が血に染って子供の死体は滅茶苦茶であった。
越後の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
お色のっていた欄干から、二間ほど離れた一所ひとところに、五、六人の乞食こじきたかっていた。往来の人の袖に縋り、憐愍あわれみを乞うやからであった。
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
往来にはもう弥次馬がたかって、馬車を四台も停めて頻りに話しあっている役人連を、ぽかんと口をあけたまま、じろじろと眺めていた。
「おびはどんなにでも致しますから、どうか御勘弁を」「命ばかりはどうか助けておんなすって」寄ってたかって拝み倒しにかかった
風流化物屋敷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
すわ、九条殿の館の前に、何事かが起ったぞと、物見だかい往来の者が、一人立ち二人立ち、もう垣をなすほどたかっていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やがて一同は校堂を出て、その横手にある草地の一角に集った。皆でってたかってそこに新しい記念樹を植えた。樹の下には一つの石を建てた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
往来はまぶしい程日が照っていましたが、家の前には大勢の人がたかっていて、僕が出て行きますと一斉にこっちを見ました。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
一人の人間を相手にして、寄ってたかって組んずほぐれつしているらしいが、その一人の人間が非常に豪傑であるらしい。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それなら幸ひの大森鬘、これならこはれても好からうといふので、寄つてたかつて押冠せたが、その為に幕明きが十分ばかり延びたのは、見物こそ好い災難。
硯友社と文士劇 (新字旧仮名) / 江見水蔭(著)
外記 おゝ、家來は勿論、をぢも妹も親類一門、寄つてたかつてふたりの仲を裂かうとする。四方八方みな敵だ。
箕輪の心中 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
上り端に喰いかけの茶碗と、塩鱒の残っている皿が置きッ放しになって居り、それに蠅が黒々とたかっていた。
不在地主 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
「ハイジャアナイ、君ダッテ五子カラ聞イテ知ッテタンダロウ、ミンナデ寄ッテたかッテコノ老人ヲ騙シニカヽッテタンダ、ミンナデ颯子ヲ邪魔ニシテヤガル」
瘋癲老人日記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
大勢おほぜいつてたかつておれを三つも四つものめしアがつて、揚句あげくのはてに突飛つきとばされたが、悪いところに石があつたので、ひざ摺剥すりむいて血が大層たいそう出るからのう……。
車から十二三間も後方に、四五人がたかつて何か口々に喚いてゐる。街燈にぼんやりと照し出されたその黒い塊の横には、粉々にうち壊かれた荷車が転がつてゐる。
道化芝居 (新字旧仮名) / 北条民雄(著)
寺の前の不動堂ふどうどうの高い縁側には子傅こもりの老婆がいつも三四人たかって、手拍子をとって子守唄を歌っている。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
寄りたかっていた群集の中から、年老としおいたとびの者らしい顔が出て来ると、感にえたように言った。
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
そのまた叱られた子供が跣足はだしで逃げ出しながら、はなを垂らして私たちの自動車の廻りにたかって来たり、プラツア・デ・カタルニア街というのはそういう陋巷ろうこうであったが
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
寄ってたかって広く売り附ける様にしますが当派の外から現われた発明は、非難に非難を加え、何うやら斯うやら信用を失わせて了います、今私の様な独学孤立の人間が
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
縁先のむしろに広げた切芋へ、蠅が真っ黒にたかって、まるで蠅を干したようになっているのがある。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
「矢っ張り場所がわるいんだ」と野々宮がいふ。男は二人ふたりで笑つた。団子坂のうへると、交番の前へ人が黒山くろやまの様にたかつてゐる。迷子まひごはとう/\巡査の手に渡つたのである。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
だから、やれ決死の士だの、やれ、韓国独立の犠牲だのと、さんざん空虚な美名で僕を祭り上げて、寄ってたかって僕を押し出して、この手で伊藤を殺させようとしているんです。
平生へいぜい尤も親しらしいかおをして親友とか何とか云っている人達でも、斯うなると寄ってたかって、ンにはら散々さんざ私の欠点を算え立てて、それで君は斯うなったんだ、自業自得だ
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
天晴あっぱれ東洋の舞台の大立物おおだてものを任ずる水滸伝的豪傑が寄ってたかって天下を論じ、提調先生昂然こうぜんとして自ら蕭何を以て処るという得意の壇場が髣髴としてこの文字の表に現われておる。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
お島め乃公をポチか何かと思って、お膳を投出ほうりだして、御丁寧に悲鳴を揚げた。馬鹿な奴だ。家中うちじゅうの人が井戸がえでも始ったように寄ってたかって来た。茶碗も何も粉微塵こなみじんになって了った。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
(あゝ、こいつは悪くなって来た。みんな悪いことはこれからたかってやって来るのだ。)と達二は思ひました。全くその通り、にはかに牛の通った痕は、草の中で無くなってしまひました。
種山ヶ原 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
一万二万と弟や妹の分前はあっても、自分には一握ひとつかみの土さえないことを思うと頼りなかった。それかと言って、養家へ帰れば、寄ってたかって急度きっと作と結婚しろと責められるに決っていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
腐肉くされにくたか蒼蠅あをばへでもロミオには幸福者しあはせものぢゃ、風雅みやびた分際ぶんざいぢゃ。
たかたかる。
新頌 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
なんにもならないで、ばたりとちからなく墓石はかいしからりて、うでこまぬき、差俯向さしうつむいて、ぢつとしてつてると、しつきりなしにたかる。
星あかり (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そして二枚の大画(今日のいわゆる大作)が並べて掲げてある前は最も見物人がたかっている。二枚の大画は言わずとも志村の作と自分の作。
画の悲み (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
まわりにたかった者は、そんなことをすぐ考えている顔つきだった。——そしてはまた、下郎の足と、踏んでいる手綱を見て
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
女はかういふと、手を延ばしてこの日本の将校を手提鞄か何ぞのやうに軽々かる/\と車のなかに引張りあげた。そして皆で寄つてたかつて胴上げにした。
……それはそうと、ねえ重助さん、向こうにどんな奴がたかっていたって、船頭の奴らが何をごてようと、心配はいらないからそう思っていておくれ。
犬神娘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
寒気も幾らか緩んだやうにさへ思はれた。若者や娘たちの群れが、袋を担いで現はれた。歌声が響き出して、流しの群れのたからぬ家は稀れであつた。
バラバラと米友の周囲まわりたかって来たのは、河岸に遊んでいた子供連であります。これは米友がここに留守居をしていた時分の馴染なじみの子供連であります。
そこには農夫の群が黒山のようにたかって、母親おふくろの腕に抱かれたお隅の死体を見ておりました。源は父親と顔を見合せたばかり、互に言葉をかわすことも出来ません。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
豆の葉にたかってゝ誰にでも捕れるものを大金てえきんを出して下さるだもの、其様そんなに戴いちゃア済みません
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「むろんないよ。船長おやじはあの小僧を、みんなが寄ってたかって怖がるのが、気に入らないらしいんだ」
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
物見高く囲りにたかって、なすところもなくわいわいと打ち騒いでいる群衆を押しのけながら、退屈男はのっそりと露払いの弥太一といった、その若者の傍らに歩みよりました。
權三 寄つてたかつておればかりいぢめちやあ困るな、助の野郎め、狡い奴だ。おぼえてゐろ。
権三と助十 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
「でもずつと暑くなつたらこんなことでは済まないけれど、まあ、割にゐない方だらうね。——その代り小さい虫が沢山灯にたかつて来る。今でも少しはまひ/\してるでせう?」
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
人が沢山たかつてゐる。三四郎は入口いりぐち一寸ちよつと蹰躇した。野々宮さんは超然として這入はいつた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
(ああ、こいつはわるくなってきた。みんな悪いことはこれからたかってやって来るのだ。)と達二は思いました。まったくその通り、にわかに牛の通ったあとは、草の中でくなってしまいました。
種山ヶ原 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「駐在所で、仕末が出来でけねえだら、長野へつゝ走つて、何うかして貰ふがいし、長野でも何うも出来ねえけりや、仕方が無えから、村の顔役がたかつて、千曲川へでも投込はふりこんで了ふがいだ」
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
終には取返しが付かなくなるのがいていながら万に一つ帰朝すれば恢復かいふくする望みがないとも限らないのを打棄うっちゃって置くべきでないと、在留日本人の某々等は寄ってたかって帰朝を勧告した。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
男親は小さな、瞼毛の深い眼を細めながら、松の枝のやうな両掌をひろげて、息子の顔面にたかる蠅を取りにかかつた。息子は両親の顔を見上げながら、少年のやうな微笑を歪んだ口辺に浮べてゐる。
続重病室日誌 (新字旧仮名) / 北条民雄(著)