)” の例文
まもなく、江のまん中を、斜めにぎるうち、あしの茂みをいて、チラとべつな一隻が見えた。すると、こっちから阮小二が呼んだ。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
少年の時、嘗て一村院をぎり、壁上に詩あるを見る。云ふ、夜涼疑雨、院静似僧と。何人の詩なるやを知らざる也。
何を考えていた時に、そんな奇怪な陰がぎったのか? 彼はたしか、最初の神ラーの未だ生れない以前のことを読み、且つ考えていた。
セトナ皇子(仮題) (新字新仮名) / 中島敦(著)
あしたよりゆうべに至るまで、腕車くるま地車じぐるまなど一輌もぎるはあらず。美しきおもいもの、富みたる寡婦やもめ、おとなしきわらわなど、夢おだやかに日を送りぬ。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのうちに焼け残りの立木のそばをぎる小径へひよつこり出るから、その小径についてずんずん先きへゆきなされ……。
嘉永三年彼が二十一歳の時、九州漫遊の途に上るや、熊本に行き横井小楠の塾をぐ。門人彼が年少にして風采揚がらざるを見て、彼を軽易けいいす。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
ずっと先きを電車がぎった。この町はどこかわからない。一軒の家の軒に某検閲官御宿泊所という貼紙が白く見える。
小さき良心:断片 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
ときどき小鳥が、そんな私達の頭とすれすれのところを、かすかな羽音をさせながら、よろめくようにんでぎった。
晩夏 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
深い苦痛の色がイエスのかおぎりました。一人の者が走って往って、海綿に酸き葡萄酒——「酸き葡萄酒」というのは兵卒が飲んだ下等の濁酒です。
遜志斎は吟じて曰く、聖にして有り西山のうえと。孝孺又其の瀠陽えいようぎるの詩の中の句に吟じて曰く、之にって首陽しゅようおもう、西顧せいこすれば清風せいふう生ずと。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
彼女が現われたのは、あたかも道に迷った太陽の光が、自ら気づかないで突然闇夜やみよぎったがようなものだった。
その裏門の外は広い道で、そこから停車場へは真っ直で、街道をぎるよりは早く往来ゆききする事が出来るのである。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
それから夏季休暇は松山で過ごして碧梧桐君と相携えて東京をぎり仙台に遊んだのは九月の初めであった。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
道人様のお住居はな、螢ヶ丘の北をぎり、木場の屯所の南を過ぎ、七面岩の絶壁を上り、さてそれから……
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ダ風流/ギル時ハ感ズルヲメヨ白河ノ暮/到ル日ハすべからルベシ松島ノ秋/語ヲ寄セヨ厳冬大雪多カラン/一領ノ白狐ノ裘無カル可ケンヤ〕となすものを
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼の家から、東は東京、南は横浜、夕立は滅多に其方からは来ぬ。夕立は矢張西若くは北の山から来る。山から都へ行く途中、彼が住む野の村をぎるのである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「あすの勝負に用なき盾を、逢うまでの形身かたみと残す。試合果てて再びここをぎるまで守り給え」
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は、燃え擴がつてゆく廊下ときそひ、彼のはうに熱くなつて倒れてくる扉をくぐり拔け、彼を焦がさうとする階段をぎり、漸くにしてその狂ひに狂へる建物から逃れ出た。
黒吉は、さっきの危うく身を粉々にしようとした、恐ろしい瞬間に、案外平気な顔をしていた、むしろ妖しい笑いさえ浮べていた葉子の好奇の眼が、スーッと網膜をぎると
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
戸は開かれて我は迎へ入れられしが、老畸人のおもてを見ず、之を問へば八王子にありと言ふ、八王子ならば車を駆つてぎりしものを、この時われは呆然として為すところを知らず。
三日幻境 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
長沮ちょうそ桀溺けつできならびて耕す。孔子之をぎり、子路をしてしんを問わしむ。長沮曰く、輿を執る者は誰と為すと。子路曰く、孔丘と為すと。曰く、是れ魯の孔丘かと。曰く、是なりと。
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
恐ろしい閃きが頭をぎった。村田の熱っぽい鋭い眼付が俄に不安になった。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
大き鳶たわたわと來てぎるとき穗にあざやけき丹波栗の花
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
そして焚火の側をぎって、雪渓のほうへ行った。
烏帽子岳の頂上 (新字新仮名) / 窪田空穂(著)
そして淋しさうに表の硝子障子の前をぎつた。
げとこそふねをまつらめ
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
遠い疎林そりんの方から、飛鳥のような迅さの物が大庭をぎって、客殿の北端れにある水仕みずしたちの下屋しもやの軒下へさっと隠れこんだようだった。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
予、蜀に入る、往来皆な之をぎる。韓子蒼舎人、泰興県道中の詩に云ふ、県郭連青竹、人家蔽緑蘿と。欧公の句にちなめるに似て而かも之を失す。
ときおりそんな自分の目のあたりを、その稲光りとともに、何処かの山路でおびえている道綱の蒼ざめ切った顔が一瞬間ひらめいてぎったりするのだった。……
かげろうの日記 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
誰人もかたえぎらんをだに忌わしと思うべし、道しるべせん男得たまうべきたよりはなしとおぼせという。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
この一時の希望の漠然ばくぜんたる震えの一つが、最も意外な時に、シャンヴルリーの防寨を突然ぎった。
細君は「うそですよ/\。みんな自分であんな事言ふのですよ」と言つて急がしく三藏の顏色を窺ふ。増田は一寸齒をむいて笑つたが、斯んな問題は鳥の影がぎつた程にも其頭には殘らぬ。
俳諧師 (旧字旧仮名) / 高浜虚子(著)
而して一鳥ぎらず片雲へんうんとどまらぬ浅碧あさみどりそらを、何時までも何時までも眺めた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
大き鳶たわたわと来てぎるとき穂にあざやけき丹波栗の花
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
屋根のほこり紫雲英げんげくれないおぼろのような汽車がぎる。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ころ、里は暗澹あんたんとしていたが、なんのことはない、例年のごとく牧の馬や牛を引いた博労ばくろうが、ぞくぞく伯耆ほうき平野をぎりはじめてもいる。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
本當の人生への道は悲しみをぎりながら通つてゐる。その悲しみを浪費したり、その果てるのを欲したりしてはならない。そしてそれを大事にしなければならない。
内心にさしてきた嫌悪けんおすべき光に彼は戦慄せんりつを覚えた。慄然りつぜんたる一つの観念が彼の精神をぎった。自分にあてられてる一つのおぞましい宿命を、未来のうちに垣間かいま見た。
せつに死し族をせらるゝの事、もと悲壮なり。ここを以て後の正学先生の墓をぎる者、愴然そうぜんとして感じ、泫然げんぜんとして泣かざるあたわず。すなわ祭弔さいちょう慷慨こうがいの詩、累篇るいへん積章せきしょうして甚だ多きを致す。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
松山からの帰途須磨、大阪をぎり奈良に遊んだが、その頃から腰部に疼痛とうつうを覚えると言って余のこれを新橋に迎えた時のヘルメットを被っている居士の顔色は予想しておったよりも悪かった。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
水気の少い野の住居は、一甕ひとかめの水も琵琶びわ洞庭どうていである。太平洋大西洋である。書斎しょさいから見ると、甕の水に青空が落ちて、其処に水中の天がある。時々は白雲しらくもが浮く。空を飛ぶ五位鷺ごいさぎの影もぎる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
成都に遊ぶに及び、木行街をぎりしに、市肆に大署して曰ふあり、郭家鮮翠紅紙鋪と。土人に問うて、乃ち蜀語の鮮翠は猶ほ鮮明と言ふがごとくなるを知る。東坡蓋し郷語を用ひて云へるなり。
薄雲にひらめく月の光かも風にかもあれや我が眼ぎぬる
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
さっきからその高氏は、掖門えきもんろう床几しょうぎをおいて、内苑ないえんの梅でも見ている風だったが、ふとぎりかけた部将の佐野十郎へ、こう呼びかけた。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ようやくそれがぎり終えたらしい雪の高原の果ての、もう自分には殆ど見覚えのない最後の林らしいものが見る見る遠ざかって行くのを、菜穂子は半ば怖ろしいような
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「きれいだ、しかし服装なりはよくない。」それは一陣の風のような神託であって、彼女のかたわらぎり、やがて婦人の全生涯を貫くべき二つの芽の一つを彼女の心に残したまま
道のべに雉子きゞすあらはれうつくしき尾を曳きぎる春ふけにけり
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
と駈けぎる騎馬をみるたび、手をあげていたが、耳をかす一騎もない。すべて逃げ退いてゆくらしかった。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
恐るべき幻がマリユスの脳裏をぎった。何事ぞ、彼らはその若い娘を奪ってここへは連れてこないのか。あの怪物のひとりがその娘を暗黒のうちに運び去ろうとするのか。
悪くさせるかそれすら分らないような何物かが——一滴の雨をも落さずに村の上をぎってゆく暗い雲のように、自分たちの上を通り過ぎていってしまうようにとねがっていた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)