うずく)” の例文
金眸は朝よりほらこもりて、ひとうずくまりゐる処へ、かねてより称心きにいりの、聴水ちょうすいといふ古狐ふるぎつねそば伝ひに雪踏みわげて、ようやく洞の入口まで来たり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
岩松の言葉には、もう掛引もうそもあろうとは思われません。それを聞いて一番驚いたのは、隅の方にうずくまっていた、縄付の新吉でした。
そこの床の間の前には、あの人間程の真赤な大蠍が、品子さんを睨みつけるようにして、今にも飛びかからん姿勢でうずくまっていたのだ。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と意久地なく落ちかかる水涕みずばなを洲の立った半天の袖できながらはるか下って入口近きところにうずくまり、何やら云い出したそうな素振り
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
窓の外には一ぴきの古狸がうずくまっていたが、狸は庄造の姿を見ても別に逃げようともしないのみか、かえってうれしそうに尻尾をるのであった。
狸と俳人 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
お銀様が父と言い争っている時分から、この家の縁先の網代垣あじろがきの下に黒い人影が一つうずくまっていて、父子おやこの物争いを逐一ちくいち聞いていたようです。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
きのうと同じように平七は、裏木戸のそばの馬小屋の前にうずくまって、有朋が自慢の長靴をせっせと磨いていたところだった。
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
男は、部屋の隅にうずくまっていた一人の女を招いた。其の女の顔を薄暗い灯の下で見た時、公は思わず雞の死骸を取り落し、殆ど倒れようとした。
盈虚 (新字新仮名) / 中島敦(著)
そうした恐ろしい豹が、彼等の背後にうずくまっていようとは、気の付いていない二人は、今度は四辺あたりはばかるように、しめやかに何やら話し始めた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
源之丞はやはりうずくまっていた。悪の灯が仄々ほのぼのと背を照らした。トコトコトコトコと滴たる音。岩槽いわぶろへ落ちる水であった。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ただうずくって、手を伸ばし、水を含んだ軟かい泥を掬い上げては、幾たびか揉み揉みして、自分のような小さいものを両手で持っているばかりである。
不周山 (新字新仮名) / 魯迅(著)
と、跡に残った一人が障子の外にうずくまった気配けはいで、スルスルと障子がいたから、見ると、彼女あのおんなだ、彼女あのおんなに違いない。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
四辺あたりを見ますと、一羽の鸚鵡おうむがつくねんと樹のまたうずくまって居りまする。文治は心中に、「さては鸚鵡でありしか」と我ながら可笑おかしさに耐えず
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
逸作は入口に待ち合せていた美術記者と、雑誌に載せる作品の相談をして室内を歩きまわっている。かの女は一人ぽつんとして中央の椅子いすに小さくうずくまった。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
まるで犬は獲物をぎつけた時のように、うずくまりながら足を留めて、いかにも要慎ようじん深く、忍んで進みました。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
枝折戸しおりどの外を、柳の下を、がさがさとほうきを当てる、印半纏しるしばんてんの円いせなかが、うずくまって、はじめから見えていた。
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
どんよりした沼のまんなかにうずくまっている田舎の処女の姿こそは、私の印象するSUOMIの全部だ。
踊る地平線:05 白夜幻想曲 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
「そうじゃ。あれにうずくまって、退屈そうに、独り牡丹畑ぼたんばたけの牡丹を見ておる。声をかけてやってくれ」
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何気なきていで遊戯に誘い入れ、普通本邦婦人が洗濯する体にうずくまらしめ、急に球をげると両手で受け留むる刹那せつなまたを開けば女子、股をせばむれば男子とは恐れ入ったろう。
雑草が露の重味で頭を下げ霧に包まれた太陽の仄白ほのじろい光りの下に胡麻ごまの花が開いていた。彼は空を仰ぎ朝の香を胸いっぱい吸った。庭の片隅の野井戸の側に兄がうずくまっていた。
青草 (新字新仮名) / 十一谷義三郎(著)
兄貴のフェリックスは、うずくまって、金盥かなだらいをゆすぶり、獲物えものを受け取っている。彼らは、雲脂ふけまじって落ちてくる。った睫毛まつげのように細かなあしが、ぴくぴく動くのが見分けられる。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
舟にては巨勢が外套を背に着て、うずくまりゐたるマリイ、これも岸なる人を見ゐたりしが、この時にわかに驚きたる如く、「彼は王なり」と叫びて立ちあがりぬ。背なりし外套は落ちたり。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
男女は確乎しっかりと抱きあい、一つになってうずくまっていたところから変だなと思っていると果然くだんの男女は抱きあったまま線路に飛び込み、あわやと思う間に男女共一緒に跳ねとばされたが
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
と言いながら、小柄な身体を二つに折るようにして伝兵衛のそばへうずくまり
○床の間に虞美人草ぐびじんそうを二輪けてその下に石膏せっこうの我小臥像しょうがぞうと一つの木彫の猫とが置いてある。この猫はうずくまつて居る形で、実物大に出来て居つて、さうして黄色のやうなペンキで塗つてある。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
しかし私は既定の方針通りにじっとうずくまっておればよいのである。しばらくして彼らはまた元通りに鳴き出した。この瀬にはことにたくさんの河鹿がいた。その声は瀬をどよもして響いていた。
交尾 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
雁坂かりさか山は甲武信の左下に、破風はふ山は木賊の右下に、共にうずくまっている。
望岳都東京 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
ああマヌエラ、塩を雪のようにかぶって起きあがったとき、一つ二つ、臨終そのままの姿であるいは立ち、あるいはうずくまり、あるいは腕を曲げ、ゴリラや黒猩々が浮き彫りのように現われてくる。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
二、三度彼は、何か人の横たわっているようにもまたうずくまっているようにも見えるものの方へ、野の中をかけて行った。がそれはただ荊棘いばらであったり、地面に出てる岩であったりするきりだった。
そうして、フラフラと倒れようとして、辛うじて床にうずくまりながら
彼は綾瀬口の渡しを越えて向う河岸の枯蘆かれあしの間に身を潜めながら、農科の艇の漕ぎ下るのを待っていた。妙な緊張した不安に襲われながら、彼は少し湿々じめじめした土地に腰を下ろして夕日の中にうずくまった。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
お鳥は思案に暮れて、部屋の入口にうずくまりました。入ったものか、逃げ帰ったものか、全く分別が付かなかったのです。
裸身の女仙 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
竜之助が動かないから、お銀様もまた、その近いところへうずくまりました。ここは誰も人の来る憂えのないところです。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「浜には沢山人がいた。干潟ひがたに貝が散っていた。そこで逢った一人の女! その時見た女の眼!」源之丞はうずくまった。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
長い竹藪の間々あいだあいだには、ありとあらゆる魑魅魍魎ちみもうりょうが、ほのかな隠し電燈の光を受けて、或はよこたわり、或はたたずみ、或はうずくまり、或は空からぶら下っていた。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
我子わがこの寝て居ります側にうずくまって居ります様子、お町は薄気味悪く、熊の正面に向いまして、人間に物いうように
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
苦しさに堪えかねて、暫時しばし路傍みちのべうずくまるほどに、夕風肌膚はだえを侵し、地気じき骨にとおりて、心地ここち死ぬべう覚えしかば。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
するといくらか気が静まって来て、小粒に光りながらゆるんだ綴目の穴から出て本の背の角をってさまよう蠧魚しみ行衛ゆくえに瞳をとらえられ思わずそこへうずくまった。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
暗い片隅にうずくまっている人間の姿が、差し向けられたカンテラの灯で、おぼろげながらわかって来た。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
建物の前には黒い虎のうずくまっているような脱沓くつぬぎ石があった。広巳はへやの中を見た。室の中には二十七八に見える面長おもながの色のくっきり白い女が、侵されぬ気品を見せて坐っていた。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
その足もとにうずくまって、大地に天蓋を摺りつけて詫びているのは、鼠木綿の見すぼらしい虚無僧で、一人は、片輪と罵られている通り、脚絆の足を不自由そうに曲げ、連れの一人は
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「どうしたんだね、」と婆さんは膝に手を乗せてうずくまったまま呆れて見ている。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その道でとうとう私は迷ってしまい、途方に暮れてやみのなかへうずくまっていたとき、おそい自動車が通りかかり、やっとのことでそれを呼びとめて、予定を変えてこの港の町へ来てしまったのであった。
冬の蠅 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
何時間ったか、しばらくすると、部屋の障子がスッといた。振向いて見ると、思いがけずお糸さんが入口にうずくまって、両手を突いて、先刻さっきの礼を又言ってお辞儀をする。私は何となく嬉しかった。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
象の脚元にうずくまっている一人の男。
此方こなたのお町はすみの方にうずくまり、両手を合せて一心に神仏かみほとけを念じて居りますと、何か落ちて手の甲に当りました。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
暗闇に立っていることゆえ大丈夫とは思ったけれど、二人は充分用心して、屋内から隙見すきみされてもそれと気附かれぬ様、ドアのすぐ横にうずくまって様子を窺った。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
口々にののしり乍ら、赤いたすき、白い扱帯しごき、黄色い帯止めと、あらゆる紐を四方から投げ掛け、恐れ入ってうずくまる青侍を、あろうことか、キリキリと縛り上げてしまったのです。
瑠璃子は、その問を無視したように、黙って椅子いすから立ち上ると、鉄盤でおおうてあるストーヴの前に先刻三度目に着替えた江戸紫の金紗縮緬きんしゃちりめんそでを気にしながら、うずくまった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
如来衛門と乾児の者はじっと地面にうずくまりしわぶき一つしなかった。こうして時が経って行く。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)