見馴みな)” の例文
けれどその見馴みなれない子供は、何にも答えないで、ただにこにこ笑っているばかりでした。そしてやがて、ふいにいい出しました。
天狗笑 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
正三の眼には、いつも見馴みなれている日本地図が浮んだ。広袤こうほうはてしない太平洋のはてに、はじめ日本列島は小さな点々として映る。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
幸子はついぞ見馴みなれない、今朝出て行った時とは全く違う銘仙の単衣ひとえを着て、大きなひとみを一直線に此方に据えて立っている妙子を見た。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
あの美しい、しかし誰も見馴みなれている霜柱などを、改めて物理の研究の対象として、本気で取り上げようとする人は今まで余りなかった。
それはこの年月幾度いくたびと知れず見馴みなれた上にも見馴れた街の有様ながら、しかしここに住馴れた江戸ッ児の馬鹿々々しいほど物好ものずきな心には
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
幼稚な健三の頭では何のために、ついぞ見馴みなれないこの光景が、毎夜深更に起るのか、まるで解釈出来なかった。彼はただそれを嫌った。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
う、幾日いくにちだか、ひるだかよるだかわかりません、けれども、ふつとわたし寢臺ねだいそばすわつてる……見馴みなれないひとがあつたんです。
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そして外へ出る時庭に見馴みなれない綺麗な下駄を一足見付けた。彼は畳のような下駄だと思ってこうとすると、母は「これ。」と顎を引いた。
(新字新仮名) / 横光利一(著)
そこには見馴みなれた古い「味噌みそたまり」の板看板はなくなり、代りに、まだ新しい杉板に「※味噌醤油しょうゆ製造販売店」と書いたのが掲げられてあった。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
一〇六 海岸の山田にては蜃気楼しんきろう年々見ゆ。常に外国の景色なりという。見馴みなれぬ都のさまにして、路上の車馬しげく人の往来眼ざましきばかりなり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
めぐらせた垣根かきね見馴みなれぬ珍しい物に源氏は思った。茅葺かやぶきの家であって、それにあし葺きの廊にあたるような建物が続けられた風流な住居すまいになっていた。
源氏物語:12 須磨 (新字新仮名) / 紫式部(著)
迫りるべからざるほどの気高い美しさをそなえているので、毎度、見馴みなれている町筋の町人どもも、その都度、吐胸とむねをつかれるような息苦しさを感じて
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
……ただそれらの植込みに私の知っている花や私の知らない花がむらがり咲いているのが私には見馴みなれなかった。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
見物はあつけに取られたり。やがてさまざまの評判こそ口から口へささやかれけれ。さるにても彼の飛入の男は誰ならん、この村には見馴みなれぬ顔の男なり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
峠の一部落から一緒になった男と連立って進んで行くと、子供の時に見馴みなれた山々が谷の向にあらわれて来た。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そのころの人々にはまだ見馴みなれなかった西洋の帽子や、肩掛けや、リボンや、いろいろの派手な色彩を掛け連ねた店は子供の眼にはむしろ不可思議に映った。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
たがいに顔を見馴みなれてる一家族の人々のように、フランス人はその類似さに気づかないでいた。しかしクリストフはそれにびっくりして、それを誇張していた。
口数の少ないかつての彼を見馴みなれてゐるわれわれは、それだけで十分満足した。やがて、交際ずきなHの細君さいくん奔走ほんそうで、知合ひの夫人や令嬢を招いての夜会になつた。
夜の鳥 (新字旧仮名) / 神西清(著)
むしろ我々は平凡人の風変りに見馴みなれてはいたが気付かずにいて、ドストエフスキーが描くことになって歴々と無数の風変りな平凡人を身辺に認識したのかも知れない。
その見馴みなれぬ紳士は、私の痔病について、いろいろと質問を発した。私はそれについてよどみなく返事をすることにつとめた。しかしあの病院のことだけは言わなかった。
柿色の紙風船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
すると、石切橋と小桜橋との中間に、せられている橋を中心として、そこに、常には見馴みなれない異常な情景が、展開されているのに気がいた。橋の上にも人が一杯いっぱいである。
死者を嗤う (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ふと繪葉書屋ゑはがきやおもてにつり出した硝子張がらすばりのがくの中にるともないをとめると、それはみんななにがし劇場げきぢやう女優ぢよいうの繪葉書で、どれもこれもかね/″\見馴みなれた素顏すがほのでした。
冬を迎へようとして (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
見馴みなれないつるがからんでいますのを、「これは何でしょう」と聞きましたら、お父様は
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
数日前から滞在している里村紹巴さとむらしょうはという有名な連歌師れんがしを中心に、瑞龍寺で志ある人々が集まって歌の会を催していると、一人の見馴みなれぬ武士が和尚を訪ねて来てその席に加わった。
蒲生鶴千代 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
こちらからはあまりに毎日見馴みなれて、復一にはことさら心を刺戟しげきされる図でもなかったが、嫉妬しっと羨望せんぼうか未練か、とにかくこの図に何かの感情を寄せて、こころをき立たさなければ
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
電車の速力がややゆるくなったころから、かれはしきりに首を停車場の待合所の方に注いでいたが、ふと見馴みなれたリボンの色を見得たとみえて、その顔は晴れ晴れしく輝いて胸はおどった。
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
そして彼らは、見馴みなれたいつもの表情にかえった。邦夷は遠いところを眺めるような例の湿うるんだ瞳をして、片隅に積みあげた米俵のあたりに視線を置いていた。阿賀妻は焚火を見ていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
「詳しく言へば八五郎の叔母さんの家だよ。お里がゐるに違ひ無い。今、お前の家の前を通る時、格子の内に、見馴みなれない赤い鼻緒の下駄があつたやうだ。——お月樣の良いのも惡くないよ」
いずれも悪妻、この京育ちの美女は後者に属しているらしく、夫の憎むべき所業も見馴みなれるにしたがい何だか勇しくたのもしく思われて来て、亭主が一仕事して帰るといそいそ足など洗ってやり
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
月番から回章かいしょうで、二十七日から二十九日まで、「総郷あがり正月」のふれが来た。中日が総出で道路の草苅りだ。回章の月番の名に、見馴みなれた寺本の七蔵の名はなくて、息子むすこの喜三郎の名が見える。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
松野まつのこたへぬ、秋雨あきさめはれてのち一日今日けふはとにはかおもたちて、糸子いとこれいかざりなきよそほひに身支度みじたくはやくをはりて、松野まつのまちどほしく雪三せつざうがもとれよりさそいぬ、とれば玄關げんくわん見馴みなれぬくつそくあり
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
呉羽之介は毎日見馴みなれたおのが絵姿を眺めつつ、一体何を驚いたのでしょう! これが驚かずにいられようか——今朝見るあの絵姿の面影は、きのうのそれとは確かに変った表情をしているのです。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
ると横に細長い見馴みなれぬ時計が彼女の腕に虫みたいに光っていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
四辻よつつじになった左側のむかう角が、昔から見馴みなれている酒造家の山路であった。謙蔵は四辻を歩きながら店頭みせさきへ注意した。店の横手に二人の店男みせおとこが大きなおけ徳利とくりひたして、それをせっせと洗っていた。
指環 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
食卓の上には見馴みなれぬ料理皿にうずたかし。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
するうちに、いつのまにどこから来たのか、見馴みなれない子供が一人、横の方につっ立って、にこにこしながらみんなの遊びを見ています。
天狗笑 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
ほの白い地面と、黒い松のとを長い間見馴みなれて来た私は、その時やっと、松の葉と云うものが緑色であったことを想い出した。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ああいう景色を見馴みなれているものの眼には、アメリカの官庁や会社の執務室にみなぎっている勤務意慾いよくは、まことに異様な趣きを感じさせる。
日本のこころ (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
朝晩見馴みなれて珍しくもない猿だけれど、いまこんなこと考え出して、いろんなこと思って見ると、また殊にものなつかしい。
化鳥 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
作者はその少年時代によく見馴みなれたこれら人物に対していかなる愛情となつかしさとを持っているかは言うをたぬ。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そうして実際又この時刻には、まだ多くの見馴みなれない者が、急いで村々を過ぎて行こうとしていたのである。
かはたれ時 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そうした眺めは、彼にとってはもう久しく見馴みなれている風景ではあったが、なぜか近頃、はっきりと輪郭をもって、小さな絵のように彼の眼の前にとまった。
秋日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
馬車が前を通るとき馭者台ぎょしゃだいの上を見ると、木之助は、おやと意外に感じた。そこに乗っているのは長年見馴みなれたあの金聾かなつんぼじいさんではなく、頭を時分ときわけにした若い男であった。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
お綱の畑は村の西と北角の山ふところに、十数町の距離をおいて散在したが、お綱の姿を探して段々畑をうろうろと距離一杯にうろついている坊主の姿を山の人々は見馴みなれていた。
禅僧 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
この一段があるので、昔から見馴みなれた恋愛談の陳腐ちんぷなものとは趣を異にするようになりますが、結婚問題が破裂するところがあればこそはあなるほどと云わせる事ができるのです。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
最初は見馴みなれた私も、妹のあやめさんと間違へたほどですから、玉子を剥いたやうなあやめさんと、疱瘡はうさう菊石あばたになつたお百合さんとは同じ姉妹でも大變な違ひやうで、仰向になつてゐれば
並居なみいる幕僚は、思わずハッと顔色を変えた。そして銘々めいめいまなこをギョロつかせて、室内を見廻した。もしやそこに、見馴みなれない新兵器がいつの間にやらはこびこまれていはしまいかと思って……。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
到着したとき彼は、駅のホームの上に見馴みなれたなつかしい友の顔がありはすまいかと、車窓からながめてみた……。だれもいなかった。列車から降りながら、やはりあたりをながめまわした。
平素いつも見馴みなれている美奈子にさえ、今日の母の姿は一段と美しく見えた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
はだなんかも荒れてまして、黒く濁ったような感じでしたから、それ見馴みなれた眼エには、ほんまに雪と墨ほどの違いのように思われました。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)