行水ぎょうずい)” の例文
おまけに一人の親仁おやじなぞは、媽々衆かかしゅう行水ぎょうずいの間、引渡ひきわたされたものと見えて、小児こどもを一人胡坐あぐらの上へ抱いて、雁首がんくび俯向うつむけにくわ煙管ぎせる
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
女が肩肌抜かたはだぬぎで化粧をしている様やら、狭い勝手口の溝板どぶいたの上で行水ぎょうずいを使っているさままでを、すっかり見下してしまう事がある。
銀座 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ある伝馬役てんまやくの門口にも立って見た。街道に添う石垣の片すみによせて、大きなたらいが持ち出してある。馬の行水ぎょうずいもはじまっている。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
さっき行水ぎょうずいを終った綾衣は、これも寂しい思いで鉦の音を聴いていた。微かにきざんでゆく鉦の音は胸に沁みるようであった。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ようやくこれへお下りになったようなわけで……お行水ぎょうずいを召されるやいな、大鼾おおいびきをかいてお寝みになられていたものですから。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
丁度六ツ半頃、庭にたらいを出させてはぎあいだ行水ぎょうずいを使っていると、とつぜん隣の家で、きゃッという魂消たまぎえるような女の叫び声が聞え、続いて
いや人間は賢いものだ、もしよもぎ菖蒲しょうぶの二種の草をせんじてそれで行水ぎょうずいを使ったらどうすると、大切な秘密をもらしてしまったことにもなっている。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ゆうべ畑の井戸で行水ぎょうずいを使わされたまま、かつぎこまれてまだ寝ている。むろん医者の手あてを受けた。しかし丈夫な男だから、ほかに異常はない。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
自分は子供の時分からこの金盥を見て、きっと大人おとな行水ぎょうずいを使うものだとばかり想像して、一人うれしがっていた。金盥は今ちりわびしく汚れていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
女の行水ぎょうずいしている処を隣りの屋根から遠目鏡とおめがねのぞいている画なんぞあって面白そうだが少しも解らない、『源氏』よりは難かしいもんだと率直に答えた。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
びちょびちょの外便所のそばに夕顔が仄々ほのぼのと咲いていた。母は二階の物干で行水ぎょうずいをしていた。尾道は水が不自由なので、にないおけ一杯二銭で水を買うのだ。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
行水ぎょうずいでもつかうように、もも付根つけねまであらったまつろうが、北向きたむきうらかいにそぼあめおときながら、徳太郎とくたろう対座たいざしていたのは、それからもないあとだった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
それと見て、かかりのごけらいは、ながもちのとめがねをはずして、りっぱなきものをとりだし、無理むりむたいに若いものに行水ぎょうずいをつかわせて、それを着せました。
一日じゅう行水ぎょうずいもしないで、風呂桶を浄め、そして、それに供えものをし、燈明をあげるのであった。
風呂供養の話 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
浴衣ゆかた行水ぎょうずい終日いちにちつかれを洗濯して、ぶらぶら歩きの目的は活動もなくカフェもない、舞台装置のひながたと、絵でいった芝居見たままの、切組み燈籠どうろうが人を寄せた。
町家は軒へ幔幕まんまくを引廻し、家宝の屏風びょうぶを立てて紅毛氈あかもうせんを店へ敷きつめ、夕方になると軒に神燈をささげ、行水ぎょうずいしてから娘も父親も息子むすこも、丁稚でっち、番頭、女中に至るまで
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
巨象が行水ぎょうずいしているようでもある。船体からは、例の青白い燐光りんこうがちらちらとえている。
幽霊船の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そこでは、きっと背中の流しっこをしたものであるが、彼は私の身体を石鹸のあぶくだらけにして、まるで母親が幼児に行水ぎょうずいでも使わせる様に、丹念に洗ってくれたものである。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
政元は行水ぎょうずいを使った。あるべきはずの浴衣よくいはなかった。小姓の波〻伯部ははかべは浴衣を取りに行った。月もない二十三日の夕風はさっと起った。右筆ゆうひつの戸倉二郎というものはつっと跳り込んだ。
魔法修行者 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「いえ早い方で。毎晩入るから。——俺のはからす行水ぎょうずいだ——と申しておりました」
家康公が行水ぎょうずい役の下女に産ませた上総介かずさのかみ忠輝は有名な暴君だったが、その領地に無類の豪飲今猩々庄左衛門あり、忠輝海に漁して魚多く獲た余興に、臣民に酒をいるに、この漁夫三
行水ぎょうずいの捨て処なし虫の声」虫のに囲まれて、月を見ながら悠々と風呂につかる時、彼等は田園生活を祝した。時々雨がり出すと、傘をさして入ったり、海水帽をかぶって入ったりした。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それは風呂ふろのない船においてのいい行水ぎょうずいであった。だが、風が猛烈なので、仕事はすこぶる危険であった。ウッカリするとウォーニンのあおりを食って、海へ飛んで行かねばならなかった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
兄貴のフェリックスとにんじんとが、サン・マルク寮から帰って来ると、ルピック夫人は二人に足の行水ぎょうずいをさせるのである。三月みつきも前からその必要があるのに、寮では足を洗わないからである。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
おじょうちゃんは、庭で行水ぎょうずいをしながら、一人うたってたのです。
赤とんぼ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
そして白眼をむいている表情が生意気だとなぐられた。泣きながら一里半の道をとぼとぼ歩いて帰った。家へはいると、安二郎は風呂銭を節約しまつしての行水ぎょうずいで、お君はたもとをたくしあげて背中を流していた。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
外で行水ぎょうずいをつかえなくなってからだけでもたててる。
農村 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
湖に行水ぎょうずいすつる月夜かな 西与
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
行水ぎょうずいの女にほれるからすかな
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
夕方の行水ぎょうずいにも湯ざめを恐れ、咽喉のどかわきも冷きものは口に入るることあたはざれば、これのみにても人並の交りは出来ぬなり。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「むむ肥溜こえだめ行水ぎょうずいか。あの手を一ぺんご馳走申しておきゃあ、どんな奴も毒ッ気を抜かれてしまうからな。よし、やろう。みんなぬかるな」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ほとんど無数の民衆が夏の一日の汗を行水ぎょうずいに洗い流した後、ゆう飯のぜんの上にならべられた冷奴の白い肌に一味いちみの清涼を感じたであろうことを思う時
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
われさ行水ぎょうずいするだらかえる飛込とびこ古池ふるいけというへ行けさ。化粧部屋のぞきおって白粉おしろいつけてどうしるだい。白鷺しらさぎにでも押惚おっぽれたかと、ぐいとなやして動かさねえ。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
自分は書きかけた小説をよそにして、ペンを持ったまま縁側へ出て見た。すると文鳥が行水ぎょうずいを使っていた。
文鳥 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして、朝霧のかかった谷川の岸に出てそこでころもを脱いで行水ぎょうずいをやった。皆黙黙として何人だれも一ごんを発する者がない。彼も同じように冷たい氷のような行水をした。
仙術修業 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「大隅さんというのは貴方あなたでしょう。さあここに貴方の注文した品物があります。あまり暑いのでちょっと行水ぎょうずいしたようだから、早いところしたらいいでしょう。おわり」
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
このはるまで、まだまだ子供こどもおもっていたおせんとは、つい食違くいちがって、一つたらい行水ぎょうずいつかうおりもないところから、おきしはいまだにそのままのなりかたちを想像そうぞうしていたのであったが
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
南冥なんめいへ行くんだ。天池てんちともいう。——そこにほうという鳥が行水ぎょうずいを使っている」
青天白日、庭の真中で大びらに女が行水ぎょうずいするも、田舎住居のお蔭である。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
行水ぎょうずいだけじゃだめです。お風呂ふろを命じてください」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「さ、お燕ちゃん、お行水ぎょうずいを浴びようね。いいお子だから。……ネ。ネ。おしろいつけてきれいきれいに、お化粧しましょ」
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「まるで仁王におうのようだね。仁王の行水ぎょうずいだ。そんな猛烈な顔がよくできるね。こりゃ不思議だ。そう眼をぐりぐりさせなくっても、背中は洗えそうなものだがね」
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その翌日、伴蔵とおみねは新三郎のうちへ往って、無理に新三郎に行水ぎょうずいをつかわすことにして、伴蔵が三畳の畳をあげると、おみねがじぶんの家で沸した湯とたらいを持って来た。
円朝の牡丹灯籠 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
……城の石垣に於て、大蛇おおへび捏合こねおうた、あの臭気におい脊筋せすじから脇へまとうて、飛ぶほどに、けるほどに、段々たまらぬ。よつて、此の大盥おおだらいで、一寸ちょっと行水ぎょうずいをばちや/\つた。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
幸いに井戸の水は良いので、七月から湯殿で行水ぎょうずいを使うことにした。大盥おおだらいに湯をなみなみとたたえさせて、遠慮なしにざぶざぶ浴びてみたが、どうも思うように行かない。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
夕方になると竹垣に朝顔のからんだ勝手口で行水ぎょうずいをつかったのちそのまま真裸体まっぱだかで晩酌を傾けやっとの事ぜんを離れると、夏の黄昏たそがれも家々で蚊遣かやりけむりと共にいつか夜となり
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
えんから上手かみてへ一だんりて戸袋とぶくろかげにはすでたらい用意よういされて、かまわかした行水ぎょうずいが、かるいうずいているのであろうが、上半身じょうはんしんあらわにしたまま、じっとむしきいっているおせんは
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
手拭をつかむと、七は、沢の下へ駈け出して、烏の行水ぎょうずいみたいに、じゃぶじゃぶと、顔や、手や、足を洗った。
銀河まつり (新字新仮名) / 吉川英治(著)
虚子自身が美しい女の行水ぎょうずいしているところを見てはっと思う途端にずっと惚れ込んだに相違ないです。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いつもの通りに奥山の店から帰って来て、かれは台所で行水ぎょうずいを使っていた。母のお伊勢は小さい庭にむかった奥の縁側で蚊いぶしをしていると、台所で娘の声がきこえた。
半七捕物帳:23 鬼娘 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)