蜘蛛くも)” の例文
ことに怖いのは蜘蛛くもで、夜中に便所に行った時、蜘蛛の巣が顔に触ったら、私はどうしても、それから先に一足も歩けないのである。
触覚について (新字新仮名) / 宮城道雄(著)
ついに、彼の目の睫毛と睫毛との間に小さな一ぴき蜘蛛くもをかけるに及んで、彼はようやく自信を得て、師の飛衛にこれを告げた。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
蛇になって、蔵の床下にしのびいり蜘蛛くもの巣をさけながら、ひやひやした日蔭の草を腹のうろこで踏みわけ踏みわけして歩いてみた。
ロマネスク (新字新仮名) / 太宰治(著)
コントのポジティヴィズムに説き及ぼし、蜘蛛くもが巣を作るように段々と大きな網を広げて、ついにはヒューマニチーの大哲学となった。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
机の上にはアルコホル漬けにした蜘蛛くもびんがいくつも並んでおり、その前の硝子器の中にも一匹大きなやつがじっと伏せられている。
青草 (新字新仮名) / 十一谷義三郎(著)
おもむき京山きやうざんの(蜘蛛くも絲卷いとまき)にえる。……諸葛武侯しよかつぶこう淮陰侯わいいんこうにあらざるものの、流言りうげん智慧ちゑは、いつものくらゐのところらしい。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
行手には伸びるがままに、繁茂はんもした樹木の枝が交錯し、それを分けて進むと、たちまちネットリとした蜘蛛くもの巣が顔にかかって来た。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
先に立つ善平につれて誰も彼も疎略には思わざりき。辰弥は思うがままに蜘蛛くもの糸を吐きかけて人々をことごとく網の中につつみぬ。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
蜘蛛くもはからだを縮めて、巣をかけるためにいっさいの沈黙を待つばかりである。一つの規則正しい響きが、まだ彼の安心を許さない。
「頭も蜘蛛くもの巣だらけだ。もう出よう。——赤いのも少し取らうかな、これがあちらから見えたものだから這入つて見たんだけど。」
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
空を横切るにじの糸、野辺のべ棚引たなびかすみの糸、つゆにかがやく蜘蛛くもの糸。切ろうとすれば、すぐ切れて、見ているうちはすぐれてうつくしい。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
またある時は軒下に張られた蜘蛛くもの巣に引つかかつたジガ蜂を見たことがあつた。蜘蛛の巣はまだ新しくほころびてもゐなかつた。
ジガ蜂 (新字旧仮名) / 島木健作(著)
こおろぎや蜘蛛くもありやその他名も知らない昆虫こんちゅうの繁華な都が、虫の目から見たら天を摩するような緑色の尖塔せんとうの林の下に発展していた。
芝刈り (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
餌は蜘蛛くも、寒い頃は田蜘蛛土手蜘蛛、五月になると川端の葦の葉を折つて棲んで居るべつかう色の三角蜘蛛。私はサシ一点張りである。
釣十二ヶ月 (新字旧仮名) / 正木不如丘(著)
蜘蛛くもの巣のようなひびが八方にひろがり、その穴から冷たい海風がサッとガスを吹き込むと、危なげな蝋燭の火がジジッと焦立いらだつ。
灯台鬼 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
やがてベルが鳴る、長い廊下を生徒はぞろぞろと整列してきて、「別れ」をやるとそのまま、蜘蛛くもの子を散らしたように広場に散った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
善良なる村の紳士淑女も、秀才も、よだれくりも、木端微塵こっぱみじんでありました。周章狼狽しゅうしょうろうばい、右往左往に逃げ散ります、蜘蛛くもの子を散らすが如く。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
柔かに黄ばんだ光りの円はなるほど月に似ているかも知れない。が、白壁の蜘蛛くもの巣やほこりもそこだけはありありと目に見えている。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
しかもこの吊り橋を、天井の偉大さにくらべると、まるで講堂の天井に、小さい蜘蛛くもがかかっているほどにしか見えなかった。
怪星ガン (新字新仮名) / 海野十三(著)
とこっちも莫連ばくれんのお吉、うそぶくように鼻でいい、蜘蛛くもいとに煤が紐のようにたかり、無数に垂れている天井へ、濃化粧の白い顔を向けた。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
まず燕の卵と、蜂の巣と、蜘蛛くもとを、三つのはこにかくして、を立てさせたのです。——もとより厳秘のもとにそれは行われました。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お蔭で素っ破抜きに始まった大喧嘩も流れて、おびただしい野次馬は、蜘蛛くもの子を散らすように、近間ちかまの店先に飛込んでしまいました。
ウィンチをく音が烈しく聞えて、鎖を下げた起重機は菜葉服なっぱふくの平吉を、蜘蛛くもの糸にぶら下った蜘蛛のように空中にげた。
秋空晴れて (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
露にぬれた牧場の草を踏み分け、蜘蛛くもいばらを払ひのけながら、メンデルの峠へ通じる自動車道の、とあるカーヴへ姿を現はしました。
けむり(ラヂオ物語) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
彼女は、蜘蛛くもだ。恐ろしく、美しい蜘蛛だ。自分が彼女にささげた愛も熱情も、たゞ彼女の網にかゝったちょう身悶みもだえに、過ぎなかったのだ。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
『今昔物語』に蜂と蜘蛛くもと戦う話があった。一たび蜘蛛のとりこになったのを人に助けられた蜂が、仲間をもよおして蜘蛛をしに来る。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
そうだ、意地になったんだ。(これはうまいことばだ!)僕はそのとき蜘蛛くもみたいに、自分の巣の隅っこへ引っ込んでしまった。
それははたきやブラシやほうきでいじめられるへやではなかった。ほこりは静かに休らっていた。蜘蛛くもは何らの迫害も受けないでいた。
蜘蛛くもの巣が二三度顔にまつわり付いたのには文字通り閉口した。道を間違えたらしかったが、それでも裏門に出ることは出た。
けむりを吐かぬ煙突 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ミミ母娘おやこ美容院では、パーマネント・ウェーブの電流が蜘蛛くもの手のように空中にひらいて小柄なスイス公使夫人の黒い髪に巻きついていた。
スポールティフな娼婦 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
苦学の泥の跳ねあとを棘の舌ですっかり嘗めてしまった猫のような青年紳士は蜘蛛くもの糸の研究者で内地レントゲン器械製造会社との密約者。
百喩経 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
このようにして彼は、まるで巣の真中にいる大きな蜘蛛くもみたいに、どの竿に魚がかかったかを見わけることが出来るのであった(図44)。
あのような歌をよこされては、男子たるもの蜘蛛くもの糸に絡められた蜻蜓とんぼうのようになって了って、それこそカナ縛りにされたことだったろう。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そしてプンプンおこりながら、天井裏街の方へ行く途中で、二匹のむかでが親孝行の蜘蛛くもの話をしているのを聞きました。 
クねずみ (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
茶色の小さい蜘蛛くもに似た虫が、四本のこれも勿論小さい脚でぱッ、ぱッ、砂を蹴あげながら自分の体を埋めようとしていた。
明るい海浜 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「しつ、あななかたまごみつけてゐるんだよ。そしてね、來年らいねんはるになつてたまごがかへると蜘蛛くもはち子供こども御飯ごはんになるのさ」
画家とセリセリス (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
彼はホテルの玄関の次第に近づいてくるのを、うるさく顔にまつわりつく蜘蛛くもの巣のようなものを透して、やっとのことで見分けていた。……
恢復期 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
金魚鉢の閼伽あかをかえること、盆栽の棚を洗うこと、蜘蛛くもの巣を払うこと、ようとさえ思えばることは何程いくらでも出て来た。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
こういう家が、蜘蛛くもの巣のような露路うらにびっしり密生している。ばいろ・あるとよりは、また一段下の私設市場だった。
彼はちょっと泣声をやめて、動き出した蜘蛛くもながめた。それからまた泣きだしたが、前ほど本気ではなかった。自分の泣声に耳を澄していた。
蜘蛛くもの巣に封印された唇を開いてポケットから取り出した呼笛よびこを鳴らすと、レントゲン室はもちろん、その付近の部屋のおのおのから一人ずつ
有合ありあわせたる六尺棒をぐん/\と押振廻おっぷりまわして居ります。飯の上のはい同然、蜘蛛くもの子を散らしたように逃げたかと思うと、また集ってまいります。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
蜘蛛くもの巣にとらえられた蠅に似て、ただ大きさに比例して声高いあの特殊な「ブンブン」いう音をもたびたび聞きわけた。
お銀はその病室から、そのころ出たての針金を縮ませて足を工夫した蜘蛛くもたこの翫具を持って来て、それを床の上にかけわたされた糸につないだ。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
またほかげにきろきろと光る蜘蛛くもの巣をよけて右に左に身をなびかせつつひと足ぬきに植込みのなかへはいってゆくのを
小品四つ (新字新仮名) / 中勘助(著)
小舎の中の者は蜘蛛くもの子を散らすように外へ出た。そして、壮い木客のそばへ往く者もあれば、近くの小舎から小舎へ同儕なかまを呼びに往く者もあった。
死んでいた狒狒 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ある時この女房が昼寝をしているのを、夫が来て見ると大きなる蜘蛛くもであった。それを騒いだので一首の歌を残して、蜘蛛の女房は逃げて帰った。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
樹の葉の上を徘徊はいかいする一種の蜘蛛くもは身体の色が全く鳥の糞のとおりで、足をちぢめて静止しているときには真の鳥の糞と区別することが困難である。
自然界の虚偽 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
すると蜻蛉の足から翼にかけて、細い細い絹絲のような蜘蛛くもの巣が、幾本も寄り集まってもちの様に喰い付いている。
首を失った蜻蛉 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
ジスレリの『文海奇観』に、禁獄された人が絃を鼓する事数日にして鼠と蜘蛛くもが夥しく出で来り、その人を囲んで聴きおりさて弾じやむとおのおの退いた。