竿さお)” の例文
シナ人の乞食こじきが小船でやって来て長い竿さおの先に網を付けたのを甲板へさし出す。小船の苫屋根とまやねは竹で編んだ円頂で黒くすすけている。
旅日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
袋へ入れた竿さお餌箱えばこ魚籠びくはなかった、彼の釣りには魚籠は要らないのである。雇い仲間の段平は、旦那が忘れたのだろうと思った。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
これは昼のうちに行水を行い、湯衣を竿さおにかけてほしたるまま取り込むことを忘れたれば、夜中幽霊のごとくに見えたることを知れり
迷信解 (新字新仮名) / 井上円了(著)
ネネムのすぐ前に三本の竿さおが立ってその上に細長いひものようなぼろ切れが沢山たくさん結び付けられ、風にパタパタパタパタ鳴っていました。
太い雨が竿さおあたる、水面は水煙を立てて雨がねる、見あげると雨の足が山の絶頂から白い糸のように長く条白しまを立てて落ちるのです。
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
竿さおかなんかあるといいんだが。ありませんねえ。筏の底が、リーフにくっついてしまって、これ以上、海岸の方へ動きませんよ」
恐竜島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その真ん中に、襤褸ぼろを着た女がすわって、手に長い竿さおを持って、雀の来てついばむのをっている。女は何やら歌のような調子でつぶやく。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
渡舟はぽんと岸辺をついた竿さおの勢いで、水の面にすべり出た。筒井の渡舟は西の方にへさきを向け、男の渡舟は東の上流に向いて舳を立てた。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
というたぐいの文句はまれに残っているが、今ではすっかり果樹の豊産を祝う式となって、小児はただ竿さおで地面をたたいて喜んでいるだけである。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
警察署長が三つの消防組をべて各々の組長が号令をするのだった。号令につれて消防手の竿さおは右向き左向き縦隊横隊を繰り返すのだった。
或る部落の五つの話 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
竿さおもとどきませんでしたが、それよりも、そのいちばんたかい一つだけは、ただなんとなく残しておいてやりたかったのです。
山の別荘の少年 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
城中の兵、眺め見て大将と認め、斬って出る者が多い。小林久兵衛前駆奮撃して重昌をまもるが、丸石落ち来って指物の旗を裂き竿さおを折った。
島原の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
門前——福崎ふくさき——原古才はらこざい——その辺までは竿さおを置いたように直線を描き、原古才から蛙ヶ鼻までは幾ぶん弓なりに内ぶところを拡げてゆく。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いや、動くな——川の中に竿さおが一本立っていた筈だ、——その竿を見定めておいたのが良かったのだよ、暫らく待て——」
ややともすると、へさきを岸に向けようとする船の中からは、長い竿さおが水の中に幾本も突き込まれる。船はやむを得ずまた立ち直って沖を目ざす。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
竿さおでもと思ったが、もとよりそんなものがあるべきはずはない。この上はおれが泥の中へ入ってモオリーを押しあげてやるほかはないと判断した。
南部の鼻曲り (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
老イタル者ハからかさにな竿さおヲ擁シテ以テおのレガ任トナスといひ、於戯ああ翠帳紅閨すいちょうこうけい、万事ノ礼法異ナリトイヘドモ、舟中浪上、一生ノ観会かんかいレ同ジ
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
刎釣瓶はねつるべ竿さおに残月のかかった趣なぞは知ろうはずもない。そういう女が口先で「重井筒かさねいづつの上越したすいな意見」とうたった処で何の面白味もないわけだ。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
石をのせた屋根、こまいのあらわな壁、たおれかかったかき根とかき根には竿さおを渡しておしめやらよごれた青い毛布やらが、薄い日の光に干してある。
日光小品 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
桟橋には灯がついたのか、長い竿さおの先きにかごをつけた物売りが、白い汽船の船腹をかこんで声高くさけんでいた。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
桶屋の小僧の平太郎が蝙蝠の一ぴきを竿さおでうち落して、両翅りょうばねつまみ拡げ、友達のなかで得意顔をしている。
蝙蝠 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
さっそく参右衛門は立ち上り、竹筒から、竿さおに縛りつけたままの国旗の小さいのをとり脱した。それから床間にかかった武運長久の掛軸も脱して巻いてしまう。
庭には物をす余地が可成かなり広くあった。やがてお俊は洗濯した着物を長い竿さおに通して、それを高く揚げた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
長い竿さおで追いかけられる、その竿をくぐり抜けて、木の枝に飛びつき、塀の峰を走る。八方から竿でつきかけて、ついに足を払い得たものもなかったそうです。
そのとき、ふと、そばを見ますと、竿さおのようにすらりとした、小さな若いブナの木が一本えています。
園主の招待を受けた、りすぐった猟奇りょうきの紳士淑女達は、畸形きけいなゴンドラに乗せられて、悪魔の扮装をした船頭のあやつる竿さおに、ずこの椿のアーチをくぐるのだ。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
見れば半分裸のこの島の土人が四五人と、何か長い竿さおの先に丸い網をつけて、胴乱どうらんをさげた洋服姿の人が二人立って、木の上を見上げてはゆびさして話しておりました。
椰子蟹 (新字新仮名) / 宮原晃一郎(著)
小作人は長い竿さおを持って、池の中を歩き回って、頻りに竿を突っ込んで、手応えをはかっているのです
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
女が急にオフェリヤになって、柳の枝へのぼって、河の中を流れながら、うつくしい声で歌をうたう。救ってやろうと思って、長い竿さおを持って、向島むこうじま追懸おっかけて行く。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私はその海水着を、音の立たないように、そっと水をしぼって、いつものように竿さおにかけておいた。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
暗いので竿さおをひきずりながら森のなかを家路にむかったとき、わたしはヤマネズミがこそこそ道をよこぎるのを、ふと見つけて野性的なよろこびの不思議な戦慄を感じ
仕事はまるで造作なかった——身投げ女は石段から二歩ばかりのところを流れていたので、彼は右手で女の着物をつかみ、左手で同僚の差し出す竿さおをすばやくつかんだ。
彼が打殺す可く竿さおをとりに往った間に、トラも蛇も物別ものわかれになって何処かへ往ってしもうた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
今は高いはだかの竿さおが一本立っており、てっぺんに赤いナイトキャップのようなものがついていて、そこから、星としまとをおかしな工合ぐあいに組みあわせた旗がひるがえっていた。
それは、私が面白半分に水の中を踏みまくりながら、網を張ったそばで、水底を竿さおき回しているのである。かわ沙魚は強情だ。網の目を突き抜けようとする。で、ひっかかる。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
竿さおを入れたり何かした揚句あげくに、どこでもするやうに赤い杭を打ち込んで行きました。
赤い杭 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
心ない身も秋の夕暮にはあわれを知るが習い、して文三は糸目の切れた奴凧やっこだこの身の上、その時々の風次第で落着先おちつくさきまがきの梅か物干の竿さおか、見極めの附かぬところが浮世とは言いながら
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
娘はそれにすぐ気づいて、Kの元気を回復させるために、壁に立てかけてあったかぎ付きの竿さおをとり、ちょうどKの頭上に備えつけられた、戸外に通じる小さな通風窓をつついてあけた。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
家の横手にある無花果いちじくとその柿とが私の楽しみで、木蔭に竿さおを立てかけて置いて、学校から帰ると、毎日一つずつ落して食べました。からすはよく知っていて、色づく頃にはもう来始めます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
恐るべき爆鳴が防寨ぼうさいの上に落ちかかった。赤旗は倒れた。そのいっせい射撃はきわめて猛烈で稠密ちゅうみつであって、赤旗の竿さお、すなわち乗り合い馬車のながえの先を、打ち折ってしまったのである。
他の従者これを留め、この里に住む八十余の翁に就いてはかりごとを問う。さればとて新しき青草を竿さおの先に縛り付け、馬の後足の間より足に触れぬよう前足の間へ挿し入れば、馬知りて草をむ。
お庄は気爽きさくに、「ハイ。」と言って、水口の後の竿さおにかかっていた、塩気のみ込んだような小風呂敷をはずして瓶を包みかけたが、父親の用事をするのが、何だか小癪こしゃくのようにも考えられた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
この例の如き飾りつけといふは、先づ真中に、極めてきたなき紙表装の墨竹の大幅たいふくを掛けあり。この絵の竹は葉少く竿さお多く、もっとも太い竿は幅五、六寸もあり、蔵沢といふ余と同郷の古人の筆なり。
明治卅三年十月十五日記事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
第一えびす様が持っていられるようなああいう竿さおでは赤い鯛は釣りませぬものです。黒鯛くろだいならああいう竿で丁度釣れますのです。釣竿のだんになりますので、よけいなことですがちょっと申し添えます。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
岩の和布に今とゞきたる竿さおゆれて
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
すると水面の浮子うきが動いて、強く水の中へ引きこまれ、私はタバコの煙にむせながら竿さおをあげた。釣れたのは大きなはぜであった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
鹿はおどろいて一度に竿さおのように立ちあがり、それからはやてにかれた木の葉のように、からだをななめにしてげ出しました。
鹿踊りのはじまり (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
旗の竿さお幡桙はたほこというのもその一つの例であり、草屋根くさやねくのにつかう棒にも、隅ぼく・縫いぼくなどといろいろのボクがある。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そして、敵の華雄軍は、長い竿さおの先に孫堅の朱いかぶとをさしあげ、罵詈ばり悪口をついて、大河の如くこれへせてくる——という伝令のことばだった。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
奉納ののぼり竿さおも折れるばかり、路地口に屋台を据えたおでん屋の納簾と共にちぎれて飛びそうにひらめひるがえっている。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)