燈火あかり)” の例文
新字:灯火
その姿の悲惨いじらしいような、怖しいような、何とも云えない心持がして、思わずハッと眼を閉じると、燈火あかりは消える、女の姿も消える。
お住の霊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
みちのわかるまで私の白い燈火あかりを見せましょう。路がわかっても、声を出さないで下さい。上へ行き着いた時にも呼ばないで下さい」
そこで目にはいったのは、なん千とも数知れない燈火あかりが、見わたすこともできないほど、幾列いくれつにもならんでともっていることでした。
六部はなにか急ぎ足だったが、もう一度軒下へもどって行って、隙洩すきも燈火あかりにかざしながら、仔細に印籠の模様や緒〆おじめを調べていた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
見ると、間のふすまが二しゃくばかりいて、そこにKの黒い影が立っています。そうして彼の室にはよいの通りまだ燈火あかりいているのです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうするとその前の方へ少し離れた所に燈火あかりの仕掛があってこれがその絵にって種々いろいろな色の光を投げかけるようになっています。
銀座は昔からハイカラな所 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
電車でんしゃって、こしろすと、ひとりごとをしました。そとくらくなって、ただまち燈火あかりほしのように、きらきらしているばかりです。
夕焼けがうすれて (新字新仮名) / 小川未明(著)
「あゝ、やつぱりお父様が、だれかにいひつけて、燈火あかりをおつけさせになつたんだわ。ジウラさんも、きつと、あすこにゐるでせう」
ラマ塔の秘密 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
中流より石級の方を望めば理髪所の燈火あかり赤く四囲あたりやみくまどり、そが前を少女おとめの群れゆきつ返りつして守唄もりうたふし合わするが聞こゆ。
小春 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
電燈のいた食堂で、大塚さんは例の食卓に対って、おせんと一緒に食った時のことを思出した。燈火あかりに映った彼女の頬を思い出した。
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しかし、夜になると、屋敷の番人をしている男が食物を運ぶのと燈火あかりをつけに来ることによって、そこに人がいることがわかりました。
燈火あかりはすっかり消えてるわ。皆もう眠っちゃったのね。だから、そっと誰にもわからないように、そっと這って行って来るわ。」
けれども、マドレーヌ氏のただ一人の下婢かひであって同時に工場の門番をしていた女は、彼の室の燈火あかりが八時半に消されたのを見た。
いまでは、そのあとに、女髪結おんなかみゆいが越して来ましたが、夏になると、二階に蚊帳を釣って、燈火あかりをつけて、毎晩のように花を引いています。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
「幽霊。……」と時次郎は呟き、「なるほど幽霊と見える、しからん風体です。夫人おくさま燈火あかりをずっと、はい、よろしい。おや、御邸の。」
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その石橋を渡って入っていくと石室が二つあって、そこには明るい光が照りわたっているので、燈火あかりを用いる必要がなかった。
翩翩 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
ハアー……おや燈火あかりを消したかえ。竹「なにふんだね、しつかりおしよ、おまへなにか夢でも見たのかえ、ひたひへ汗をかいてゝさ。 ...
心眼 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
ギョッとして四辺あたりを見廻すと、一筋の火光が天井から、斜に足許へ射していた。二階から来た燈火あかりである。ぼんやりと梯子段も見えている。
大捕物仙人壺 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
通過ぎる人でもあらば聞質ききただしたいと消えかかる辻番所つじばんしょ燈火あかりをたよりに、しきり四辺あたりを見廻すけれど、犬の声ばかりして人影とては更にない。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
両側の部屋にも燈火あかりはない。ただ突き当りの通風窓からボンヤリ明りがさしているばかりだ。賊はその部屋にいるのであろう。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
暗い燈火あかりの下にあつまっている瑠璃子と女中達を、もっと脅かすように、風は空を狂い廻り、波はしきりなしに岸をんで殺到した。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
まだ燈火あかりもつけずに、牛込では、陋居ろうきょの主人をかこんでお仲間の少壮文人たちが三五人さんごにん談話の最中で、私がまだ座につかないうちにたれかが
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
便所の中にあか/\と燈火あかりが點いてゐるので、此方から聲をかけたが、答へはなくて、燈火ともしびがふつと消えてしまつたといふことをも思ひ出した。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
燈火あかりそむいた其笑顏が、何がなしに艶に見えた。涼しい夜風が遠慮なく髮をなぶる。庭には植込の繁みの中に螢が光つた。子供達は其方にゆく。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
便所には燈火あかりがついてゐた。戸を開いてみると、当太郎が下一杯にうづくまつてゐた。首をくくつたのであつた。その縄が斬れて、落ちたのだ。
蒼茫夢 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
萌黄の帷子かたびら。水色の透綾すきや。境内は雜然としてかんてらの燈火あかり四邊あたり一面の光景ありさまを花やかに、闇の地に浮模樣を染め出した。
二十三夜 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
室長のヴィオロオヌは、くるりと左右を見廻し、みんながとこいたかどうかをたしかめる。それから爪先つまさきを立てて、そっと燈火あかりを小さくする。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
やがて燈火あかりったひとがわせて、はかひらかうとやしゃるやいな、御主人ごしゅじんけんかしゃれました。それでわたくし走出かけいだして夜番よばんしゅうびました。
俯伏たまゝたゞはい、唯と答ふるのみにて、乱鬢の中に五六本の白髪が瞬く燈火あかりの光を受けてちらり/\と見ゆるばかり。
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
錦のとばりの見えるへやの中に燈火あかりいていた。章はその室へ通されて一人で坐っていた。乳母と女が入ってきた。二人の手には肉を盛った鉢があった。
狼の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
うつくしいすみれ色の大きな星が空に輝いている——と思ったが、それはどうやら燈火あかりであるらしい。燈台の灯でもあろうか。かなり高いところにある。
海底都市 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「ところで、あの船室ケビンの前の白いマスト尖端さきへ、御主人が燈火あかりをお吊るしになったのは、度々のことではないですね?」
死の快走船 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
⦅ひやあ、どうもはや、これは何といふ燈火あかりだらう!⦆と、鍛冶屋は心ひそかに呟やいたものだ。⦅村ぢやあ昼間だつて、かうは明るくないのに。⦆
街中に明るく燈火あかりがともっていて、大勢おおぜいの人がぞろぞろ通っていて、おもしろい蓄音機ちくおんきの音までも聞こえています。
不思議な帽子 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
なるほど燈火あかりが見えない。一度呶鳴って見ようというので北沢がオーイ、オーイと大きな声を出したが、返事もなければ燈火を出して見せるでもない。
可愛い山 (新字新仮名) / 石川欣一(著)
「家の中の燈火あかりを消せい。電燈を消してもほかのあかりをけちゃなんにもならん。家の中のあかりを消せい。」
毒蛾 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
両方がずっと田圃で、田のあぜを伝って、畷とも道ともつかない小逕こみちを無数の人影がうようよしている。田圃の中には燈火あかり万燈まんどうのように明るくともっている。
ふと、戸の隙間から廊下の敷ものの上に一すじ燈火あかりが射しているのを見て、私はごく静かに戸を開けました。
無駄骨 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
現に、燈火あかりを消し、眼をつぶつてはみるが、すぐに臼本圭方の高飛車な口調が耳につき、いきり立つ自分の声がか細く消されて行く有様にじりじりして来る。
荒天吉日 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
鴎外の花園町の家の傍に私の知人が住んでいて、自分の書斎と相面する鴎外の書斎の裏窓に燈火あかりの消えるまで競争して勉強するツモリで毎晩夜を更かした。
鴎外博士の追憶 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
まだここのみは、明けやらぬ、昨宵のままの燈火あかり、掻き立て見れば、口の内、何やら含んだものがある。
したゆく水 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
裏口へ廻った怪しい男は木戸から洩れる燈火あかりを頼りに、そっと忍寄って、コツ/\と戸を叩き出した。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
「ランプを點けつ放しにしといちや危ないぜ。」才次は二階から差して來る燈火あかりを見上げて云つた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
母屋おもやの方はもうすっかり燈火あかりが消えて、家の人達は誰もかも深い睡りに入っていた。屋外には冷やかな夜が、空にきらめく数限りもない星々を静かにはぐくんでいた。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
それから釜山の事務所に帰って、銭湯せんとうに飛込むと、何か知らピリピリと足にみるようだから、おかしいなと思い思い、上框あがりかまち燈火あかりの下に来てよく見ると……どうだ。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
道端に芋の葉をかぶせた燈火あかりを置いて臆病者を怖がらせたりと云ったような芸術にも長じていた。
重兵衛さんの一家 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
燈火あかりわたし唯今たゞいまけたので御座ござんす、まこといままでお留守居るすいをしてましだのなれど、うちのやんちやが六ツかしやをふに小言こごといふとてけました、御親造ごしんぞ今日けふ晝前ひるまへ
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
(窓に立ち寄る。)何処どこうちでも今燈火あかりけている。そうすると狭い壁と壁との間にまよいや涙で包まれた陰気な世界が出来て、人の心はこのうちとりこにせられてしまうのだ。
「でもだ平民社の二階にや燈火あかりが見えるぜ——少こし小降になつた様だ、オヽ、寒い/\」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
家の中には燈火あかりがかんかんとついて、真暗なところを長い間歩いていたぼくにはたいへんうれしかった。寒いだろうといった。葛湯くずゆをつくったり、丹前たんぜんを着せたりしてくれた。
火事とポチ (新字新仮名) / 有島武郎(著)