ほがらか)” の例文
と眉にも頬にもしわを寄せたが、のぞめば段もの端唄はうたといわず、前垂まえだれ掛けで、ほがらかに、またしめやかに、唄って聞かせるお妻なのであった。
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
眼もほとんど青年のように、ほがらかな光を帯びている。殊に胸を反らせた態度や、さかん手真似ジェスチュアを交える工合は、鄭垂氏よりもかえって若々しい。
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
この時、舞台の背後の人気ひとけの無かった筈の楽屋裏から、同じくピアノのいとも清らかな音がほがらかにと響き始めたのです。
「さあ、いらっしゃい。お話をいたしましょう。」よしは台所の板の間におとなしくすわって、弟を円くうずだかひざの上に招き寄せる。声は清くほがらかである。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ほがらかに秋の気澄みて、空の色、雲の布置ただずまひにほはしう、金色きんしよくの日影は豊に快晴を飾れる南受みなみうけの縁障子をすかして、さはやかなる肌寒はださむとこ長高たけたかせたる貫一はよこたはれり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
折ふしほがらかな鶯の声を聞いたというので、「普請場に」の語は「普請場のほとりに」という程度に解すべきであろうか。普請場の木材にとまって啼くわけではない。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
そして、実はく/\と遠い二十幾年も前の真実を打ち明けて、たとへ一時はけしきを損じようともそれを過ぎれば恐らくお互ひのわだかまりがとけてほがらかにならう。
秋の夜がたり (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
卑弥呼は部屋の中を見廻した。しかし、一人として彼女のますますわたったそのほがらかな眼を見詰めている者は誰もなかった。ただ酒気と鼾声かんせいとが乱れた食器の方々から流れていた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
その愛がその人の前に明かに表明された以上、貴様の心はほがらかに晴れていかねばならぬはずだ。それだのに結果は反対ではないか。何んという愚かな苦しみを喜ぼうとしているのだ。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
いずれも縹緻きりょうのよい女達が、年相応にお化粧をして、心持ち派手な服装をして(そう、お化粧もどっちかといえば、可成かなり派手な方でした)町をゆるやかに歩きながら、軽快にほがらかに媚を含んで
正面の窓を明けたらば、石一級の歩に過ぎずして、広い芝生しばふを一目に見渡すのみか、ほがらかな気が地つづきを、すぐ部屋のなかに這入るものを、甲野さんは締め切ったまま、ひそりと立てこもっている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ちょッと、学者、この字は『ほがらか』とも読むんだろう」
工場新聞 (新字新仮名) / 徳永直(著)
自分は敷島しきしまくはへて、まだ仏頂面ぶつちやうづらをしてゐたが、やはりこの絵を見てゐると、落着きのある、ほがらかい心もちになつて来た。
京都日記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
やなぎわたかぜもなし、寂然しんとして、よくきこえる……たゞそらはしくもばかり、つきまへさわがしい、が、最初はじめからひとひとツ、ほがらかこゑみゝひゞくのであつた。
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
あれほど今までほがらかに優しくなつかしく鳴いて居た鳥は、どこへいったものやら、トシオが見上げる大欅の梢の隅々まで尋ねても、かすかな羽ばたきさえ聞かれそうもなく
トシオの見たもの (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
貴婦人はこの秋霽しゆうせいほがらかひろくして心往くばかりなるに、夢など見るらん面色おももちしてたたずめり。窓を争ひて射入さしいる日影はななめにその姿を照して、襟留えりどめなる真珠はゆる如く輝きぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
神のを空に鳴く金鶏きんけいの、つばさ五百里なるを一時にはばたきして、みなぎる雲を下界にひらく大虚の真中まんなかに、ほがらかに浮き出す万古ばんこの雪は、末広になだれて、八州のを圧する勢を、左右に展開しつつ、蒼茫そうぼううち
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
が、日は無心に木犀もくせいの匂を融かしてゐる。芭蕉や梧桐も、ひつそりとして葉を動かさない。とびの声さへ以前の通りほがらかである。
戯作三昧 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「何だ。」「何者だ。」「野蛮きわまる。」「狂人きちがいだ。」と一時に動揺どよめく声の下よりほがらかに歌うものあり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
先づ大網おほあみの湯をすぐれば、根本山ねもとやま魚止滝うおどめのたきちごふち左靱ひだりうつぼの険はりて、白雲洞はくうんどうほがらかに、布滝ぬのだきりゆうはな材木石ざいもくいし五色石ごしきせき船岩ふないわなんどと眺行ながめゆけば、鳥井戸とりいど前山まえやま翠衣みどりころもに染みて、福渡ふくわたの里にるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
悲しみは元より説明を費すまでもない。が、その安らかな心もちは、あたかも明方の寒い光が次第にやみの中にひろがるやうな、不思議にほがらかな心もちである。
枯野抄 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「ああ、霜に響く。」……と言った声が、物語を読むように、ほがらかえて、且つ、鋭く聞えた。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そこで窓からうしろを透して見ると、彼等はもう豆のやうに小さくなりながら、それでもまだはつきりと、ほがらかな晩秋の日の光の中に、箒をかついで歩いてゐた。
寒山拾得 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ほがらかに、しっとり聞えた。およそ、たえなるものごしとは、この時言うべきことばであった。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が、私の心の上には、切ない程はつきりと、この光景が焼きつけられた。さうしてそこから、或得体えたいの知れないほがらかな心もちが湧き上つて来るのを意識した。
蜜柑 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
とようよう云う、控え目だったけれども、ほがらかすずしい、かまちの障子越にずッととおる。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が、私の心の上には、切ない程はっきりと、この光景が焼きつけられた。そうしてそこから、或得体の知れないほがらかな心もちがき上って来るのを意識した。
蜜柑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
かすかに、たがいの顔の見えた時、真空まそらなる、山かづら、山のに、ほがらかな女の声して
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
が、わたくしこころうへには、せつないほどはつきりと、この光景くわうけいきつけられた。さうしてそこから、ある得體えたいれないほがらかこころもちがあがつてるのを意識いしきした。
蜜柑 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ながれおとが、さつつて、カカカカカカカとほがらか河鹿かじかく。
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
私はこの悲しさをあじはふ度に、昔見た天国のほがらかな光と、今見てゐる地獄のくら暗とが、私の小さな胸の中で一つになつてゐるやうな気がします。どうかさう云ふ私を憐んで下さい。
悪魔 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
湖の色は、あお空と、松山のみどりの中にほがらかみ通った。
小春の狐 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と言った……主税の声はほがらかであった。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
振袖がほがらかな声して