かか)” の例文
このとき、盲目もうもく母親ははおやきながら、十五、六のむすめが、雪道ゆきみちあるいていきました。母親ははおや三味線しゃみせんかかえていました。旅芸人たびげいにんです。
雪消え近く (新字新仮名) / 小川未明(著)
吉原江戸町三丁目佐野槌屋のかかえ遊女まゆずみ、美貌無双孝心篤く、父母の年忌に廓中そのほか出入りの者まで行平鍋ゆきひらなべを一つずつ施したり
御米は特別の挨拶あいさつもしなかった。小六はそのままって六畳へ這入はいったが、やがて火が消えたと云って、火鉢をかかえてまた出て来た。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と、いいのこして、忍剣は禅杖ぜんじょうをひっかかえ、小文治こぶんじやりの石突きをトンと下ろして、ともにまッ暗な間道のなかへとびこんでいった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
僕はひざかかへながら、洋画家のO君と話してゐた。赤シヤツを着たO君はたたみの上に腹這はらばひになり、のべつにバツトをふかしてゐた。
O君の新秋 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
着物をかかえてすぐに帰って来る事もあれば、深夜、酔って帰って来て、「すまねえ」なんて言って、けろりとしていることもある。
花火 (新字新仮名) / 太宰治(著)
蟾蜍がまのような大きい腹をかかえて、顔は青く心は暗く、初産の恐怖は絶えず胸を痛めて、何がなし一刻も早く身二つになれかしと祈った。
ネギ一束 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
花下かかにある五萼片がくへん宿存しゅくそんして花後かごに残り、八へんないし多片の花弁かべんははじめうちかかえ込み、まもなく開き、かおりを放って花後に散落さんらくする。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
といいながら、はこをあけますと、中からかわいらしいお人形にんぎょうさんやおもちゃが、たんと出てきました。むすめはだいじそうにそれをかかえて
松山鏡 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
「困ったよ、」と、U氏は両手で頭をかかえて首を掉り掉り苦しそうに髪の毛を掻きむしった。「君はYから何も聞かなかったかい?」
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
怪囚人は、しっかりと少年をかかえていて、はなさなかった。そして仮面をかぶった自分の顔を見られまいと、顔をそっぽに向けていた。
時計屋敷の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
が明けて旧正月がやって来たが、木之助にとってはそれは奇妙な正月だった。三十年来正月といえば胡弓をかかえて町へ行った。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
と僕は赤くなって詰問しようとすると、次のベルがなって、再び僕らはハンドルを執らせられる——と、Rが、蓮根れんこん牛蒡ごぼうかかえて現れ
吊籠と月光と (新字新仮名) / 牧野信一(著)
たちまち、なにおそろしいことでもきゅうおもしたかのように、かれかしらかかえるなり、院長いんちょうほうへくるりとけて、寐台ねだいうえよこになった。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「ではうばをおかかえになり、お湯をおつかわせ申す女たちをもおおきになって、それらの者におまかせになればよろしゅうございます」
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
藤原は、目玉ランプをかかえて、綱敷き天神みたいに、ホーサーの、巻き重ねてある上にすわっていた。やがて小倉もやって来た。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
そして自らあざけるように笑って、しまいにはもう腹をかかえてころげるほど笑ったかと思うと、悲しげな涙がその後からさめざめと流れた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
乃公わしの打診は何処をたゝいても患者の心臓しんぞうにピーンと響く、と云うのが翁の自慢である。やがて翁は箱の様なものをかかえて来た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
酔漢が一升徳利をかかえて暴れているのもいい。群集からこぼれ出て路端に傍若無人に立小便をしている男も見逃してやりたい。
祇園の枝垂桜 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
脈搏みゃくはくガ微弱デ、一分間ニ九十以上百近クモ打ッテイル。僕ハ裸体ニナッテ浴槽ニハイリ、妻ヲかかエテ浴室ノ板ノ間ニカシタ。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「お駒さん、しっかりするんだ。あれは、お前のあねさんのおさいだよ、玉屋小三郎たまやこさぶろうかかえ、一時は全盛をうたわれた玉紫花魁たまむらさきおいらんだ。怖がることはない」
それがいやならとび出すしかないし、とび出せないなら恋のしたい男のその精神も一しょに自分の方へかかえこまなくちゃ。私ならそうする。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
蚊相撲かずもう』という狂言に近江おうみの国から出て来た男をかかえると、それが蚊のせいであったというのがあるが、大方近江に蚊は名物なのであろう。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
彼女は千枝太郎の胸に顔をすり付けて、る瀬ないように身もだえして泣いた。男は女をかかえたままで、明るい月の下に黙って立っていた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
部屋の扉がすうつといた。花屋は欝金草の鉢をいくつもかかへて會釋ゑしやくしながら博學の君の讀書を妨げて眞に相濟まずといふ。
欝金草売 (旧字旧仮名) / ルイ・ベルトラン(著)
矢頃やごろあまりに近かりしかば、銃をすてて熊にかかえつき雪の上をころびて、谷へ下る。つれの男これを救わんと思えども力及ばず。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
間違えて偽の方に用をお言いつけになったりして、……笑いましたにも、笑いましたにも……みんなで腹をかかえましたっけが
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
それを見たヒョロ子は、イキナリ豚吉をうしろからかかえて、ヒョイと馬車の屋根に乗せまして、自分も飛び上がりました。
豚吉とヒョロ子 (新字新仮名) / 夢野久作三鳥山人(著)
相変らず菰をかむり、竹の杖をつき、面桶めんつうかかえた、乞食のわたしが、庄内川の方へ辿って行きましたのは、それから五日後の夜のことでした。
怪しの者 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
新之助はんも、乗り気で、それやろ、といやはるし、あてはあてで、芸者衆を五六人かかえて、そこで、置屋おきやもやる考えだす
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
両手りょうてで頭をかかえて書物しょもつ挿絵さしえに見入っている時でも——台所だいどころのいちばんうす暗い片隅かたすみで、自分の小さな椅子いすすわって、夜になりかかっているのに
ジャン・クリストフ (新字新仮名) / ロマン・ロラン(著)
「それはよい都合じゃ。わしの仕えている殿様は、お前のような若者なら幾人でもお召しかかえになるのじゃ。わしの殿様に奉公する気はないか。」
三人兄弟 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そういう悲しい思出は数ある楽しかったことよりも深く、博士が腕にかかえて帰京なされた、遺骨の重味おもみと共に終世お忘れにならないことでしょう。
大塚楠緒子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
棒火矢のかか打方うちかたは、天砲の天頂打ちとおなじ理合であろう。明日、天砲の試し射ちをしてみるがいい。半十郎もやる。
ひどい煙 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
マットン博士はしずかにフラスコから水をかたをぶるぶるっとゆすり腹をかかえそれからきわめておもむろに述べ始めました。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
欝金うこん風呂敷ふろしきつつんで、ひざうえしっかかかえたのは、亭主ていしゅ松江しょうこう今度こんど森田屋もりたやのおせんの狂言きょうげん上演じょうえんするについて、春信はるのぶいえ日参にっさんしてりて
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
知行所の者どもがこの用人かかれに反対で、夢酔に止めさせてくれと頼んだから夢酔がかけあってやると、たった五両の鼻グスリに目がくらんで
安吾史譚:05 勝夢酔 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
川ぞいの道を街へはいるまで、私たちは一つの傘の中にはいり、私はうしろから彼女の肩をかかえるようにして歩いた。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
大きな耳掃除の道具をかかえたゴルフの紳士、登山、競馬、テニス、野球、少女歌劇、家族温泉等であるかも知れない。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
私は急ぎの用をかかえているからだだから、こうして安閑あんかんとしてはいられない。なんとこの小僧に頼んで、一匹の馬でってもらおうじゃございませんか。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ある時にはそのさびしい坂道の上下から、立派な馬車やかかぐるまが続々坂の中段を目ざして集まるのにあう事があった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それでも大通りへ出る横町のあたりは小さな店が並んで、夕飯前には風呂敷をかかえた武家の妻女たちが、八百屋や魚屋やそうした店の前に群れていた。
松代は、なさそうに、嘉津子の頭を自分の胸へぐっとかかえた。嘉津子は母親の胸の中で静かに歔欷すすりなきを始めた。
栗の花の咲くころ (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
かかえは二人あったけれど、芸道には熱心らしかったけれど、渋皮のむけたような子はいなかった。道太はというと、彼は口髭くちひげがほとんど真白であった。
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
友よ、友よ、君たちはいる、にこやかに新しい書物をかかえながら、涼しい風の電車の吊革つりかわにぶらさがりながら、たのしそうに、そんなに爽やかな姿で。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
デスクに肘をのせ、頭をかかえるようにして眼をつぶると、外庭の植込みの方で何やら話しあっている所員たちの弾んだ話声が途切れ途切れに聞えていた。
宇宙爆撃 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
地方から来る代議士が議会の開期間東京でしょうかかえるというような事は今は何人なんぴとも見て怪まないほどになった。
鏡心灯語 抄 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
しかし誰人たれびとが不正の名利めいりかかえて、心のうちに満足を覚ゆるか。世人せじんに向かっては大きな顔もしようなれ、自己にかえりみてはなはだ不安の念を抱くや疑いない。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
長十郎は「はっ」と言って、両手で忠利の足をかかえたまま、床の背後うしろ俯伏うつぶして、しばらく動かずにいた。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
でケメトスは、飛び方のおさとして王様からかかえられ、宮殿のうちの立派な部屋に住むこととなりました。
彗星の話 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)