手馴てな)” の例文
その平馬がいま打割羽織ぶっさきばおり野袴のばかま手馴てなれの業物わざものかんぬきのように差し反らせて、鉄扇片手に春の野中の道をゆらりゆらりと歩いて行くのだ。
平馬と鶯 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それより中絶をしていますに因って、手馴てなれねば覚束おぼつかない、……この与五郎が、さて覚束のうては、余はいずれも若いじん、まだ小児こどもでござる。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
久野は片手にストップ・ウォッチを持ち、片手に望遠鏡を押えて息を殺した。彼らは手馴てならしに数本を漕いだ後、今や力漕に入ろうとしている。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
いてみるさ。そして、あの猛獣を手馴てなずけてもらいましょう。息子と父親とむかい合って、あたしのいないところで、なんとか話をつけてごらん
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
私はこれがいつでも嫌いなのだが、嫌いな奴まで手馴てなずける工夫だって、これで容易ならざる努力がいるのである。
熟考じゅっこうの長さにひきかえて、けっするとすぐであった。蔦之助と小文治も、膝行袴たっつけひもをしめ、脇差わきざしをさし、手馴てなれのゆみと、朱柄あかえやりをそばへ取りよせた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その報をきいてかけ付けた門弟たちは、師の病体からだを神戸にうつすと同時に「楠公なんこう父子桜井の訣別けつべつ」という、川上一門の手馴てなれた史劇を土地の大黒座で開演した。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
綾麻呂 巧みなる贈賄ぞうわい行為で人々を手馴てなずけ、無実の中傷で蔵人所くろうどどころの官を奪い、あまつさえその復讐ふくしゅうをおそれて、臣、石ノ上を東国のはてに追いやった我等が仇敵は?
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
私のごとき山水歌人には手馴てなれぬ材料であったが、苦吟のすえに辛うじてこの一首にしたのであった。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
召使われている女童めのわらわなどを手馴てなずけてふみの取次をしてもらうのが常套じょうとう手段で、もちろんその辺にぬかりがあるのではなかったが、それも、今日までに二三度持たせてったのに
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それでいて蔬菜が底の方からむらなく攪乱かくらんされるさまはやはり手馴てなれの技倆ぎりょうらしかった。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
老母の手馴てなれのまぜめしがよくれた。若い母親は絶えず子供に気を取られて自分のはしを持つ暇はなかつた。子供は覚束おぼつかない箸どりで危つかしいわんの持ち方をして、よく食つた。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
鷺太郎も、引つけられるように、その人の群にまざってのぞきみると、早くもかけつけたらしいあの山鹿十介が、その脈を見ていた学生と一緒に、手馴てなれた様子で、抱き起していた。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
オリヴィエは彼に近寄り、やさしく丁寧ていねいに話しかけ、彼を手馴てなずけた……。
針仕事はりしごと煮炊にたきもよくは出来できない道子みちこ手馴てなれない家庭かてい雑用ざつようはれる。
吾妻橋 (新字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
年増としまはまだよし、十五六の小癪こしやくなるが酸漿ほうづきふくんで此姿このなりはとをふさぐひともあるべし、ところがら是非ぜひもなや、昨日きのふ河岸店かしみせ何紫なにむらさき源氏名げんじなみゝのこれど、けふは地廻ぢまわりのきち手馴てなれぬ燒鳥やきとり夜店よみせして
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
後藤子爵が何らかの名目で金を与えたのもやはり同じ意味で、大杉を手馴てなずけて犬とするツモリでもなかったろうし、また高が三百円かそこらの僅かばかりの目腐れ金に尻尾しっぽを振る大杉でもなかった。
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
君し手馴てなれのこまに刈り飼はん盛り過ぎたる下葉なりとも
源氏物語:07 紅葉賀 (新字新仮名) / 紫式部(著)
新造の親切も、初めは並ならぬくらいであったが、れるに従って、その親切は、千浪の美貌を手馴てなずけようとするあだな野望と変ってきた。千浪はけものおりをおそれた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……鷹揚おうやうに、しか手馴てなれて、迅速じんそく結束けつそくてた紳士しんしは、ためむなしく待構まちかまへてたらしい兩手りやうてにづかりと左右ひだりみぎ二人ふたりをんなの、頸上えりがみおもふあたりを無手むずつかんで引立ひつたてる、と
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
こいつ、古梅庵の提灯を、どう工面してきたものか、まことは使屋の半次といって、周馬や孫兵衛が、京橋の喜撰きせん風呂にごろついている間に、手馴てなずけられたあぶれ者。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
味をしめて、古本を買込むので、床板を張出して、貸本のほかに、そのあきないをはじめたのはいいとして、手馴てなれぬ事の悲しさは、花客とくいのほかに、掻払かっぱらい抜取りの外道げどうがあるのに心づかない。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
手馴てなれて研ぎのかかった白木の細い……所作、稽古けいこの棒をついている。
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
手馴てなれの禅杖ぜんじょうを、ふりかまえた加賀見忍剣かがみにんけん、どうじに巽小文治たつみこぶんじ
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)